素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

2015-04-01から1ヶ月間の記事一覧

小説 あなたと夜と音楽と 44

「 マイルス・デイヴィス 」と僕は言う。 それ以外は考えれなかった。 「 その通り、今からマイルス・デイヴィスに会いに行く 」とソニー・ロリンズは言った。 なんの予告もなくエレベーターが止まる。電気が切れ暗闇が広がる。人の気配がなくなる。 もう、…

小説 あなたと夜と音楽と 43

「 想像して欲しいんだけど、今、キミの心を温める事が出来るジャズミュージシャンは誰だと想う? 」とソニー・ロリンズは言った。 質問の意味が良く解らないです、と僕は言った。 想像するんだ、とソニー・ロリンズは言った。 「 マイルス・デイヴィス 」と…

小説 あなたと夜と音楽と 42

気がつくと、エレベーターの中にうずくまる様にして僕は寝ていた。 「 キミはまだ生きてる。橋は焼かれずに、またボクと一緒にいる。キミはとっても幸運だよ 」とソニー・ロリンズは言った。 「 今、108に向かってる 」エレベーターの数字を指しながら、ソニ…

小説 あなたと夜と音楽と 41

「 何でアンタはあの人を狙うのよ。立派な人間じゃないけど、もっと嫌な奴は腐る程いるでしょ? 」 「 あなたは勘違いをしてる。私が彼を選んだのではない。彼が私を選んだのです 」 「 1番分からないのが、何で私が人質にされなきゃいけない訳? 」 「 彼に…

小説 あなたと夜と音楽と 40

僕は思い出を失くしてしまうんだろうか?自分が何者かも忘れてしまうんだろうか?シートにうずくまりながら考える。心が死んだら、考える事もできなくなるんだろうか? ただの八つ当たりだな、とタクシー運転手は言った。 「 あんたの心を殺そうとしてる男は…

小説 あなたと夜と音楽と 39

車内はチェット・ベイカーが流れていた。 曲のタイトルが思い出せない。 「 心が死にかけてるからだよ 」とタクシー運転手は言った。 思い出を失くしてしまうんだ。それが心が死ぬって事だよ。 僕は上手く返事が出来ない。 「 エレベーターまで送るよ、あん…

小説 あなたと夜と音楽と 38

僕は細い長い階段を上り、ヴィレッジヴァンガードの真っ赤なドアを開けた。 目の前には真空管アンプのジャズタクシーがあった。 僕は転がる様にタクシーに乗り込む。 ほらな、とタクシーの運転手は言った。 また、あんたと会う気がするって言ったろ? 後ろを…

小説 あなたと夜と音楽と 37

「 あなたが、あのレコードを譲らなければ、私は失ったままでいられたんだ 」と男は叫ぶ。 空洞になった闇が僕の頭に覆い被さる。 誰かが僕の手を引く。 「 さっきのタクシーに乗ってエレベーターまで帰るんだ 」さっきまで、ピアノを弾いていたビル・エヴァ…

小説 あなたと夜と音楽と 36

「 後ろは振り向かない方がいいですよ 」と男は言った。 「 私はいつでも、あなたの心を殺せる。よくこの場所が解りましたね。普通の人間は入り込めないはずですよね 」 僕は急に寒気を感じる。男がすぐ後ろにいるのだ。 後ろを振り向かない訳にはいかないと…

小説 あなたと夜と音楽と 35

やがてピアノトリオの演奏が始まる。 僕はジャズの歴史を創った現場に今いる。 ただ他の観客はまだ気付かない。 拍手もまばらで、恋人達は演奏より話で盛り上がってる。 『 My Foolish Heart 』は僕の心臓をそっと包み込む。 息が出来なくなり、不意に涙が零…

小説 あなたと夜と音楽と 34

僕は、ヴィレッジヴァンガードの真っ赤なドアを開いた。 細長い階段が地下に続いてる。 彼等は誰の演奏を聴きに来たのだろう。席はまばらに埋まっているが彼等の姿が見当たらない。 急に酷い空腹を感じる。 最後に食事をしたのはいつだったろう。 店員にビー…

小説 あなたと夜と音楽と 33

「 なんだか運転手さんが、ジャズミュージシャンみたいな話し方ですね 」と僕は運転手に尋ねた。 今は休んでるんだと運転手は言う。 「 今はやりにくい時期なんだ。そういう時は流れるが収まるまで休んだ方が良い。あんたが会ったソニー・ロリンズもしばらく…

小説 あなたと夜と音楽と 32

「 日本人は、我々のジャズに敬意を示してくれてる 」と運転手は言った。 「 恐らく、ジャズに触れる事で、我々の文化や歴史を共有できると想ってるのだろう。ライブ中は、いささか礼儀正し過ぎるが、日本人は好きだよ 」 チェット・ベイカーが『 THAT OLD F…

小説 あなたと夜と音楽と 31

しばらく歩いた後、男が手を挙げてタクシーを停めて乗り込む。 慌てて僕もタクシーを停める。 前のタクシーをつけて欲しいんですと運転手に告げる。 車内では『 THESE FOOLISH THINGS 』が流れてる。 チェット・ベイカーのトランペットが車内を優しく包んで…

小説 あなたと夜と音楽と 30

二人で歩いてると日本人のカップルとすれ違う。 ソニー・ロリンズは立ち止まり振り返る。 彼等だよとソニー・ロリンズは言った。 キミが探して男だよと。 僕は彼等の後を追いかける。 彼等は幸せそうだった。 表情こそ観えないが、身振り手振りを大袈裟に振…

小説 あなたと夜と音楽と 29

「 この曲を聴いてるとね、自分が知らない内にずっと遠くまできてしまった感じになるんだよ。本当はろくに前に進んでないのに。でもそれを認めてしまえると楽になる。そう想える様になるのに時間はとてもかかったけど 」 「 その感覚は、分かりません 」正直…

小説 あなたと夜と音楽と 28

「 今、327に向かっている 」ソニー・ロリンズはエレベーターの数字を指して言った。 「 そこがニューヨークに繋がっているんだ。ひょっとしたら、そこで何か手がかりがあるかも知れない 」 本当にどこでもドアみたいだな、と僕は呟く。 ドアが開き目の前に…

小説 あなたと夜と音楽と 27

「 僕に出会う前に男に会いませんでしたか? 」 「 うん、会ったよ。変わった男だった。ボクのファンだと言ってたけど、好きなレコードを教えてくれなかった 」 「 どこで観ましたか? 」 「 ウィリアムズバーグ・ブリッジだよ 」とソニー・ロリンズは言った…

小説 あなたと夜と音楽と 26

「 大丈夫。そんな事で怒らないよ。ボクは謙虚なんだ。人に伝え続けていく時、謙虚であり続けなきゃいけない 」とソニー・ロリンズは言った。 「 さて、キミはボクに会いに来たのかな。それとも他の誰かを探してるのかな 」とソニー・ロリンズは言った。 「 …

小説 あなたと夜と音楽と 25

エレベーターが96の数字で止まった。 ドアが開きソニー・ロリンズがサックスを持って入って来た。 「 The Bridge 」のジャケットの服装だった。 僕は驚かなかった。どうやら彼の小説の世界に来れたらしい。 「 やあ、見ない顔だね! 」とソニー・ロリンズ…

小説 あなたと夜と音楽と 24

「 カギなら開けたよ。アンタのタイミングで入りな 」 「 どこでもドアみたいなものかな? 」 もう返事はなかった。面白いと思ったのに。 ドアを開けると、そこはエレベーターの中だった。 ボタンがデタラメに並んでいる。3、27、28、39、58、73…

小説 あなたと夜と音楽と 23

「 これ以上は関わらない方がいい 」 ドアの向こう側で声がした。 注意深く聴かないと聞こえない、とても小さな声だった。 「 アンタは充分頑張ったよ。でも、相手が悪過ぎる。引き返した方がいい。ドアを開けたらアンタは二度と戻って来れない。同じドアを…

小説 あなたと夜と音楽と 22

ジェリー・マリガンは言った。 「 小説を書き続けるんだよ 」と。 駄目なんだよ、私には書くべき事がもう何ひとつないんだ。何も書けないんだ。 その言葉を遮りジェリー・マリガンは続ける。 「 一日も休んではいけない。書き続けるんだよ 」と。 私はレコー…

小説 あなたと夜と音楽と 21

レコードを聴いてる間、何かが引っかかった。 とても重要な事を思い出せずいた。セロニアス・モンクは「 ジャズ喫茶で煙草を吸えないなんて馬鹿げてると思わないか? 」と私に言っていた。 地面一杯にたまった吸い殻。やがてそれらは無数の手に変わった。 無…

小説 あなたと夜と音楽と 20

誰一人、私を訪ねてくる人はいなかった。私は中古レコード屋に行くのをやめた。 ジャズ喫茶にも近寄らなかった。季節は変わり続け、私抜きで世界は周り続けていった。 小説を書き終えてから1年が経とうとしていた。あれ依頼、何も書けなくなってしまった。 …

小説 あなたと夜と音楽と 19

私は自分自身を赦す為に、小説を書き続けた。 ジェリー・マリガンが言った様に毎日。 私と世界が繋ぎ止めていられる、妻を忘れられずにいられる唯一の方法だった。 毎晩、あのバス停の夢をみた。 不思議と恐怖は薄らいでいった。 誰にも許されないとしても、…

小説 あなたと夜と音楽と 18

私はどうしたらいいんだろう?とジェリー・マリガンに尋ねる。 彼は首を横に振り答える。 「 キミは無意識の内に、奥さんとの思い出を辿ってる、辿ろうとしてる。それは分かるかい? 」 はい、そうだと思います、と私は言う。 「 少しずつ紐解いてくしかない…

小説 あなたと夜と音楽と 17

彼は私のイメージ通りだった。 ブルーの瞳と金髪のクルーカット。そして巨大なバリトン・サックスを抱えていた。 音楽でしか触れた事がなかった1960年代が、カリフォルニアが彼一人から溢れていた。 「 残念だけど、もう戻れないんだ 」とジェリー・マリ…

小説 あなたと夜と音楽と 16

ジェリー・マリガンの「 WHAT IS THERE TO SAY? 」のレコードに針を落とす。 キッチンのカウンターに座り目を閉じる。 ふいに涙が零れる。 私は誰の為に泣いているんだろう。 妻は出て行ったのではなかった。 ドアを開けたのは私自身だった。 妻は私を引き…

小説 あなたと夜と音楽と 15

ここはどこなんだ?何故、君は出て行ってしまったんだ? 妻は笑っている。 「 あなたは、もう二度とそこから動けない。それを誰も許してくれないの 」 目を覚ましたら部屋の中は真っ暗だった。 今何時だろう? 酷く汗をかいてる。台所でミネラルウォーターを…