2015-05-01から1ヶ月間の記事一覧
「 点描画は外見を描くより、相手の内面を描く方が大切だと想います。相手が何に心が震えるかを、何を大切にして今まで生きていたかを。それをこちら側が受け止める事ができれば、その作品はとても素敵なものになります 」と西嶋は微笑んだ。 西嶋の家に通う…
「 きっかけは友人からもらった元アメリカ兵の点描画です。彼の絵は戦時中の記憶を切り取り描いていました。右腕がない兵士や銃を構えポーズを決めた兵士。中には吊るされた日本兵の首を描いたものもありました。彼自身もやはり左腕がありませんでした。私自…
僕は離婚したばかりだし、時間はたっぷりあった。 月に1度なら無理もなく通えて『 さつき食堂 』でうなぎを食べて、ここに来るのも悪くないな、と思った。 僕は、よろしくお願いします、と西嶋に言った。 それから僕は毎月、西嶋の家に通う様になった。 「 …
西嶋の身長は僕と同じ165センチくらいで、髪の毛は白髪混じりで所々がはねている。 色褪せた作務衣を着て眼鏡をかけている。 西嶋は友人の言葉に静かに頷く。 「 西嶋さんは、点描画でお前を描いてくれるんだ。絵好きには堪らなくないか? 」と友人は言っ…
友人から西嶋を紹介されたのは2年前のことだ。友人は「 絵が好きなお前は気にいるよ 」と言った。 熊本県の一勝地駅で降りタクシーに乗り『 さつき食堂 』で昼食のうなぎを食べている時だった。 「 ひょっとして、それがサプライズ? 」 「 優しい俺が、傷…
田野は、実が落ちてしまった歩道橋の上から車の流れを眺めていた。 赤や黒や白の車はどこに向かっているんだろうか。 結局、教師は待ち合わせの20時には現れなかった。 自分の息子が何故、死んでしまったのか分からずにいた。 少年が田野の方に駆け寄って…
時計は19時40分を指していた。 数学教師は、薄暗い教室にいる。 ぼんやり月の明かりだけが、教室に入り込んでいた。 誰もいない教室で、数学教師はうなだれていた。結局の所、私の思い通りには出来ないんだな。 私は、ここの生徒と同じだな。と数学教師…
まるで映画の『 仮面の男 』みたいだな、と田野は苦笑いをする。 ディカプリオみたいに男前じゃないし、味方は、たったの1人もいないが。 実が歩道橋から落ちて死亡した、と連絡がきた時、田野は何かの悪ふざけかと思った。 友人と協力して面白がっているの…
悪いのは、私じゃない。 悪いのは、あの生徒だ。 私の楽しみを取られたくない。 あれが出来なければ、私はまともに立つこそさえ出来ない。 数学教師は自宅の部屋で震えている。 よく考えろ。 何故、見つかってしまったんだ。 数学教師は、その日の事を何度も…
彼らの前に8255個の砂時計が並んでいる。 一つ一つ撫でながら口に入れていく。 今日もいつもの儀式が始まる。 「 それにしても酷い話だね、兄さん。自分の教え子を殺しちゃうなんて 」と弟のジキルは言う。 「 人間で1番怖いのは普通の顔をして、普通に暮ら…
少年は夕飯の材料を、母親に頼まれてスーパーに来ている。 人参、玉葱、じゃが芋、牛肉。 買い物カゴを持って、材料を入れていく。 今晩はカレーよと少年の母親は言った。 特に変わった具が入ってるわけでもないが、母親が作るカレーが少年は大好きだった。 …
ただいまと、田野は言う。 おかえりと、息子の実は言う。 夜勤勤務が終わり帰宅する頃には、実が2人分の朝食を作っている。 大抵は『 なんでもサンド 』が朝食として、テーブルに並んでいる。 今日の『 なんでもサンド 』は、ナポリタンとレタスのサンドだっ…
数学教師はテーブルの上に地図を拡げている。 右手にウイスキーのオンザロックを持ち、左手にペンを持っている。 学校から帰宅すると数学教師は、この作業に入る。 1人で住むには広い部屋に住んでいる。 間取りは2LDK。その内、1番広い部屋をこの作業場に…
数え切れない程、砂時計が並んでいる。 そのどれもが、砂の残りがわずかなものばかりだ。 「 今日は何人だ? 」 と兄のハイドは言う。 「 13252人 」 と弟のジキルは言う。 「 今日も多いな 」 と兄のハイドは言う。 「 でも、ありがたい事だよ。人間の哀し…
「 坊主、オレの言葉が解るのか? 」 と黒猫は言った。 「 うん 」と少年は言った。 公園で、少年と黒猫は向き合いながら、話している。 遠くから見たら、1人の少年が猫と戯れている。普通はそう想う。 「 なんだか、オレの好きな小説家の物語に似ているな …
早朝、田野は欠伸を噛み殺していた。 タクシーを事務所の車庫に戻して、1日の売り上げを入金する。 自販機の缶コーヒーを飲みながら、同僚達と1日の出来事を話し合う。 面白い話もあるが、他人事とは思えない話もある。 「 矢部さんが、運転中に後ろから殴ら…
チャイムが鳴り、生徒達は席に座る。 「 この前のテストの結果を配るね 」 と数学教師は言う。 「 いらな~い 」と生徒達はざわつく。 「 何を言ってるんだ、来年は高校受験だぞ 」 と数学教師は眼鏡のブリッジを触れながら言う。 でもさぁと、女子生徒は手…
駅のホームで、人身事故を知らせるアナウンスが流れる。 人々は心の中で舌打ちをする。 今週何度めだよ、自殺するなら他所でしてくれよと。 人々は、同情しない。 今日も生きる為に働いてるのだ。満員電車に揺られて。 面白くもない仕事をして。 「 兄さん、…
「 よく笑っていられるわね。あなたは死にかけたのよ 」と彼女は言った。 「 まぁ、こうして生きてるし、自分で選んできた事だしね 」と僕は言った。 僕が死んだら哀しんでくれる?と自信はないけど彼女に聞く。 彼女は空を見上げる。 何かを待ってるかの様…
「 なら創ればいい。あなたは迷う事が出来る。心だって迷います。だから、あなたはまだ心が残ってる。いつか、思い出しますよ。だから書いて下さい。楽しみにしてます 」と僕は言った。我ながら良い事を言ったと思う。
「 僕はいつか彼女を失うと思います。でも、思い出す事が出来る。真実ばかりが人を幸せにするとは思わない。でも真実は失くした事を失くさない為にあると想う。失くさなければ、また戻ってこれる。引き返す事は、決して、カッコ悪いことじゃない 」と僕は言…
「 いずれにせよ、いつか、あなたは彼女を失ってしまう。私が妻を失ってしまった様に。必ず失う 」と私は言った。 「 僕は、あなたの書いた小説が好きです。ジャズミュージシャンが出てくるのも好きです。今でも、あなたが送ってくれた小説が家にあります。…
玄関のチャイムが鳴る。ピザハットです!と宅配の男が言った。 ピザ?そんなもの私は頼んでない。 玄関のチェーンを付けたままドアを開ける。「 何かの間違いじゃないかな。ピザなんて頼んでないけど 」と私は言った。 可笑しいな、注文がこちらの住所に入っ…
僕の声は震えていた。僕は泣いているんだろうか。僕が僕でなくなってしまう怖さに。憧れのジャズミュージシャンに会えた嬉しさに。 「 もう大丈夫だろ? 」とマイルス・デイヴィスは言った。
「 オレは、オマエの世界じゃ、もう生きていないんだろ? 」僕は頷く。 「 教えてくれ、オレは、今と同じ様な古臭い事をやり続けていなかったか? 」とマイルス・デイヴィスは言う。 「 あなたは、いつも同じ場所には居ませんでした。人によっては理解されな…
「 オレの演奏を聴けば、心を元に戻ると思ってるんだろ? 」とマイルス・デイヴィスは言う。 「 そう、ソニー・ロリンズから聴きました。僕自身も強くそう思います 」と僕は言う。 彼は目を閉じて何か考えてる。その間にも、僕の心は死にかけていた。砂時計…
「 心が死にかけてるらしいな?それはどんな気分だ 」とマイルス・デイヴィスは言う。 暗い部屋に、スポットライトが薄い明かりを彼に照らしている。 「 とても寒くて、凍え死にそうなんです 」と僕は言う。 「 今までの想い出が失くなってしまってる。好き…
「 あなたは神様なのですか? 」僕は尋ねる。 返事はない。暗闇がさっきより深くなる。だが不思議と気持ちは落ち着いている。 エレベーターのドアの向こう側から、小さなノックの音がする。 僕は手探りでドアに耳を当て、ノックの音に耳をすませる。 やがて…
「 忘れたのなら、引き返せばいいよ 」と暗闇から声がする。 「 アンタが歩いてきた足跡があるだろ?そこを頼りに戻ればいい。引き返す事は、決して、かっこ悪い事じゃない 」 「 足跡が途中で消えてないか怖いんです 」僕は正直に言う。 「 ソニー・ロリン…
男は見つけました、と暗闇に向かって話す。 幾分か彼の小説の内容が変わってきてます。 「 そりゃあ、そうだよ、アンタがこの世界に入って来た。少しずつ結末は変化していく。小説の結末を覚えてるかい? 」 僕は、結末を忘れてしまっていた。そもそも、僕は…