小説 素敵な図書館 3
記憶を引き取った人は、大抵の人が喜んでくれた。
ボクの手をとり「 ありがとう! 」と涙する人もいた。
ボクは嬉しかった。
簡単に人々は、忘れたい記憶を消せるのだ。
館長はボクの肩をポンと叩き、ねっとウィンクした。
ある女性は旦那さんの暴力に悩んでいた。
その記憶を消したいんです、と女性は言った。
それでは何も解決しないと、ボクは言った。
「 旦那さんは、これからもあなたに暴力を振るいます。暴力後、あなたに謝っている記憶を消しませんか? 」とボクは言った。
数日後、女性は離婚する事になりました、と報告に来てくれた。
「 ありがとうございます。あなたのお陰で、旦那と離婚する事になりました。身体の痣がまだ消えませんが、新しい人生をスタートして行きたいと思います 」と女性は言った。
ボクは独学でセラピストの勉強をし、関連の本をコーナーに並べ、不定期に講義も開く様になった。
ただ記憶を引き取るだけではなく、心の在り方を整える役目として、人々と接する様に心掛けた。
大盛況だね、と館長は言った。
「 忘れたい記憶を引き取って欲しい人は、たくさんいます。それに比べて、その記憶を借りたい人は少ないです 」とボクは言った。
「 どんな人が借りに来るんだろう? 」と館長は言った。
年配の男性が『 なるべく辛い記憶を 』と来られた事があった。
記憶を貸し出す場合、体調不良、後遺症、精神的に不備があったとしても、当館は責任を取らないと言う同意書にサインしてもらう。
貸し出し期間は、一週間。
それより早く記憶を返却、延長も可能だ。
「 私は恵まれ過ぎました 」と年配の男性は言った。
「 両親が遺してくれた財産で私は、何不自由ない暮らしをしてきました。私は今年で67歳になります。辛い記憶がないので死ぬまでに経験しておきたいのです 」と年配の男性は言った。
興味本位ですか?とボクは年配の男性に尋ねた。
「 それもあります。悲しみを知らないまま死にたくないのと同時に申し訳ないのです 」と年配の男性は言った。
「 誰にですか? 」とボクは言った。
「 悲しみを経験してきた人々。そして財産を遺してくれた両親です 」