小説 素敵な図書館 4
「 ご両親は、そんな事、望まれているのでしょうか? 」と正直にボクは言った。
年配の男性はしばらく考えた後、判りません、と言った。
出口はあった。ただ、それが答えかボクにも判らなかった。
結局、その年配の男性に、記憶を貸し出す事になった。
一週間後、少しやつれた年配の男性は、図書館に記憶を返却に来た。
「 上手く言い切れませんが、貴重な体験をさせて頂きました。少し前までは、残りの人生を考えるばかりでしたが、もっともっと生きたいと想いました 」
この話をしている間、館長は静かに頷いていた。
いつもニコニコしている館長ではなかった。
「 館長も、忘れたい記憶がありますか? 」
とボクは失礼を覚悟で館長に聞いてみた。
ないと言えば、嘘になるけど、と館長は言った。
「 寝たら、次の日には忘れてしまうからさ 」と館長は言った。
相変わらず、図書館はたくさんの人が訪れた。
テレビの取材も何度もあったが、その度に館長は断った。
「 この図書館は、今でも充分過ぎる程、たくさんの人達に来て頂いてます。その人達は何度も来て頂いてます。ここの空間が好きだからです。その空間を変える事はしたくありません 」と館長は言った。
その日は、台風で珍しく図書館が空いていた。
ボクは、今度の休みの日の計画をぼんやりと立てていた。
彼女とは先月別れたばかりで、時間は無限の様に感じた。
ただ不思議な事に、映画やレストランを選んでる時、彼女の好きなものを選んでいる自分がいた。
「 友達から聞いたんですけど、この図書館で、忘れたい記憶を引き取ってくれるって、本当ですか? 」と男の子が聞いてきた。
うん、本当だよ、とボクは言った。
ボクは彼女の記憶を消すべきだろうか?
ボクは首を横に振る。
そんな事を考えてしまう自分が恥ずかしくなった。
母親の記憶を消したいんです、と男の子は言った。
男の子は、松葉杖をついていた。
塾の帰り道、母親が運転していた車が、車と正面衝突して母親が亡くなった。
男の子だけが運良く、脚の怪我だけですんだ。
「 事故の記憶を引き取ればいいんだね? 」とボクは言った。
「 違います。母親の記憶ごと消したいんです 」と男の子は言った。
「 よく分からないな、何故、お母さんの記憶を消す必要があるんだろう? 」とボクは言った。
「 事故は、母親の不注意で起きました。母親は運転中にスマートフォンを見ていました。僕は何度も危ないよ、と言いましたが、母親は聞こえてないフリをしていました 」