小説 素敵な図書館 5
「 だったら、母親が運転中にスマートフォンを観ていた事実を引き取ろうか? 」とボクは言った。
男の子は少し考えた後、出来れば全部消したい、無理ですか?と言った。
「 母親は常にスマートフォンを観ていました。一緒に食事をしている時もです。何だか自分自信が透明人間になった気分でした。ただいまを言っても、おかえりも返ってきませんでした。目の前にいる僕より、誰かと繋がっていたかったと思います 」と男の子は言った。
前からそんな感じだったの?とボクは言った。
「 父親の転勤がきっかけだったと思います。僕達は長年住んでた街を引っ越して、新しい街で暮らし出しました。僕もそうですが、母親は新しい街では、友人が出来ず以前住んでた街の友人に、頻繁に会う様になってました 」
「 だから、スマートフォンを常に観ていたんだね。誰かと繋がっていないと不安だったんじゃないかな? 」とボクは言った。
男の子はまた考えていた。
ボクはゆっくりでいいよ、と言った。
記憶を引き取るのは簡単だ。
ただ、引き取った記憶はもう二度と戻す事はできない。
「 伝えるべきだったかも知れません 」と男の子は言った。
ボクは頷く。
怒らないで、聞いて欲しいんだけど、とボクは言った。
「 君も君のお母さんも超能力者じゃないから、言葉で伝えないと分からないんだよ。平気な顔してるけど、淋しいんだよって 」とボクは言った。
男の子は頷いて、また来ます、と言って帰っていった。
ボクは男の子が松葉杖をついて、図書館の出口へ向かう後ろ姿を見ていた。
外は、さっきより風が強くなり、木々がみしみしと音を立てて揺れていた。
ボクは何かが引っかかっていた。
大事な何かを忘れている気がした。
結局、閉館してもそれが何か分からなかった。