小説『 地底人ペコ、空を飛ぶ 』
「 地底人ペコ、空を飛ぶって映画があったら観たいと思う? 」と僕は彼女に尋ねる。
「 200パーセント観ない 」と彼女は言う。
世界には、返ってくる答えが判っていても聞かないといけない質問がある。
それが、今、僕が彼女に聞いてる質問。
僕は聞く時点で、否定されたいと望んでいる。これは事故なんだ、雷に打たれて死んでしまうくらい、確率の低いケースなんだ。そして、死んでしまいたいくらい恥ずかしい質問なんだ。
「 だろうね 」と僕は否定された事に、安堵してアイスコーヒーを飲む。
プールに行く途中で、彼女が喉が渇いたと言ったので、コメダ珈琲で休憩している。
店内は相変わらず、満席で、ひっきりなしに笑い声とひそひそ話が飛びかっている。
「 最近の映画? 」と彼女はメロンソーダを飲みながら尋ねてきた。尋ねた瞬間から彼女は違う事を考えている素振りを見せる。
僕は疑われることを承知で、起こったことを事細かく説明する。
世界には、疑われると判っていても、説明しなくちゃいけない・・・
それは丁度、今から1カ月前に起きた事だった。
僕は建築の設計をしていて、昼の2時に事務所で打ち合わせをする事になっていた。
「 こんにちは、地底人ペコです 」と打ち合わせにきた女性は言った。
僕は、ドリフのコントみたいにホットコーヒーを吹き出してしまった。
「 増田さんですよね? 」と僕は恐る恐る尋ねた。
「 それは、地上で生活する為のコードネームです 」と女性は笑った。
僕は禁煙を始めたばかりだったし、スピード違反で罰金を払った直後の出来事だった。おまけにお気に入りのスーツにコーヒーが染み渡っていた。
「 ふざけないで下さい。こっちは仕事の打ち合わせをする為に、時間を作ってるんですよ 」と僕は怒りながら言った。
「 レゴシリーズを集めていますよね?私は、今朝、あなたの家から、レゴを全て盗んできました。一つのパーツ残らず全部です 」と女性は言った。
「 冗談でしょ? 」と彼女は言った。メロンソーダは全部飲み終わって、ストローの空気を吸う間抜けな音がズーズーズーと目の前で聞こえる。
「 本当なんだ。僕が集めているレゴが綺麗さっぱり無くなっていたんだ 」と僕は言う。
「 それ泥棒じゃない? 」と彼女は言う。
「 鍵はかかったままだった 」
「 地底から入ってきたって言うわけ? 」
僕はレゴシリーズを11年集めていた。大切に扱って遊ぶ時には指紋が付かない様に手袋をはめて遊んでいた。目の前に座っている彼女より200倍大切にしていた。
「 返して欲しければ、1カ月以内に映画を作って下さい。タイトルは『 地底人ペコ、空を飛ぶ 』いいですか?1カ月以内です 」と女性は言い事務所から出て行った。
「 どこかで見たことがある顔なんだ。でも思い出せない 」と僕は言う。
「 昔の彼女なんじゃない?それなら部屋に入ることが可能じゃない。合鍵をまだとっているかもしれないし 」と彼女は席を立つ。
僕は今まで付き合ってきた女性の顔を思い出そうとしたが、うまく思い出せずにいた。僕は彼女たちの名前も覚えていなかった。
ふと顔を上げると、店員が目の前の席に座っていた。
「 こんにちは、地底人ペコです。どうやら、あなたは私の約束を守らないようですね。あなたの彼女をあずかりました。今日から1カ月以内に『 地底人ペコ、空を飛ぶ 』作って下さい。いいですか?期限は1カ月です 」