小説 あなたと夜と音楽と 5
遅かれ早かれこうなっていただろう。一緒に食事をしたのいつだったか上手く思い出せない。
妻は私と会話をしていたのではなく壁に話しかけていた。その度に自分が透明になってしまった感覚に襲われた。
夜勤明け仕事から帰ってくると妻は出ていってしまった。
私は仕事着を脱ぎ、洗濯籠の中に放り投げ、部屋着に着替えて眠気覚しにホットコーヒーを飲んだ。
妻のクローゼットやタンスの中身は空っぽだった。洗面所の歯ブラシはやはり一つなっていた。
妻は何一つ残していかなかった。
窓を開けて部屋の空気を入れ替える。
一緒に住んでいた時、時々、香る妻の香水も今は部屋を漂っていない。