素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 強面ライセンス 』6

「 あなた、バンドやってるでしょ? 」と女。

えぇ、やってますけど、と高田。

「 左手の指をみればわかるわ、私ある有名バンドのマネージャーをしているの。このカードで会計してくれるならメジャーデビュー考えてもいいわ 」と女。

「 どのバンドですか? 」と高田。

「 言えないわよ、そんなの。言ったら、あなた逆に私にお金払いたくなっちゃうわよ。とりあえず歌ってくれるかしら 」と女。

ここでギターをかき鳴らす風にして、アカペラで高田は歌う。

「 なんて曲? 」と女。

「 愛を知っているなら、パスタで踊れって曲です。聴いた通り、スリーコードのロックンロールです。どうですか? 」と高田。

「 どうもこうもないわ、私があなたのマネージャーだったら、このジャック・ダニエルであなたの頭をカチ割っているわ 」と女。

そう、ここまでは、しっかりボクは観ていた。

「 そんな言い方ないじゃないですか? 」と高田。

ボクも女に同情したくなるような曲だった。

「 あなたみたいな小便臭いガキが、愛だの、ロックだの語らないでくれる?いい?愛を知ってなんでパスタで踊らなきゃならないわけ? 」と女。

「 そこがロックなんですよ?解らないかなぁ 」と高田。

女は頷きながらスプリングコートを脱ぎ捨てた。中身はSMの女王の衣装を着ていた。長年監視をしているがSMの格好をした客を初めて観た。支払う金を持ってきてないので客と呼んでいいのか判らないが。

「 意味のある遠回りか、意志のある近道。あなたはどちらを選ぶ? 」とコートの中身を観て唖然としている高田に尋ねる女に、えっ?何ですか?と間抜けな声しか出せない。

「 意味のある遠回りか、意志のある近道よ 」と女。

「 それとどう関係があるんですか?今の状況 が 」と高田が言うと同時に、高田の顔のすぐ右横にジャック・ダニエルが投げつけられた。タバコのコーナーに当り派手にジャック・ダニエルの破片と中身が飛び散る。

「 意志のある近道です! 」とほぼ悲鳴に近い声で答える高田。

「 なんで? 」と女。

「 人生は短いから 」と高田。

ふん、と女は鼻を鳴らし笑う。「 人生が短いのにコンビニでバイトしているの?バンドでメジャーデビューしたいあなたが?だから小便臭いって私が行ってるのよ 」と女。

「 それはタイミングがあるんです。スタジオ代だって稼がなきゃいけないし 」と高田。

本当に、意志のある近道を選んでる人間は、好きなことしかやっていないのよ、と吐き捨てる様に女は言い、高田の服を上下脱がし下着まで剥ぎ取った。

ストッキングを袋から出し、高田の両手を後ろで縛り、悲鳴を上げ続ける高田の口にストッキングをねじ込みながら入れた。

高田は涙目で何か女に訴え続けている。女は再び酒コーナーに行きジャック・ダニエルとストッキングを3足持ち、高田の前に足を止めた。

「 私は今から人を殺しに行くの。この酒とストッキングが必要なの。会計は、さっきのカードでできるわよね? 」と女は言った。

高田は何度も頷く。これ以上、否定したら何をされるか分かったもんじゃないと思っているのだろう。

「 私も、意志ある近道を選ぶわ。だから、あいつを殺す必要があるの 」と女は言ってスプリングコートを着て店内から出て行った。

高田は警察に、俺を縛った女が今から人を殺しに行くと言っていました、と泣きながら話した。

「 この女が? 」と警察は高田にカードを見せながら尋ねた。

「 そうです。この女です。この意味不明なカードで会計しろって。断ったら、いきなり女王様みたいな格好で酒を投げつけたり、縛ったりしてきたんです 」と高田は言った。

「 本当にこの女なんだね? 」と警察は言った。

「 そうです 」と高田は言った。

「 この女は昼間のドラマに出てる女優だよ。このカードはドラマの小道具だよ。ほら、ここに『 サンプル 』って書いてあるだろう 」と警察は言った。

ボクが、女について知っているのは、ここまでだ。( なんせボクは郊外にある、一昔前の型のファミリーマートの監視カメラだから )幸運なことに全国監視カメラ会議でボクは吊るし上げられることはなかった。

高田は相変わらず、コンビニでバイトをしながらバンドを続けている。高田は変わったことが2つある。警告サインを受け入れる様になったこと。ストッキングの種類を増やしたこと。

あなたも『 強面の人間 』を見つけたら気をつけてほしい。




小説『 強面ライセンス 』5

ボクは本部に警告サインを送る。

< 女がレジで従業員を脅している。支払う金を持たず、見たこともないカードを見せて洗脳しようとしている。酒( ジャック・ダニエル )で従業員の頭をかち割ると発言。商品のストッキングで首を絞める可能性あり >

すぐさまに本部から【 レッドゾーンに入る 】と、連絡が入る。7分40秒後には警察が店に到着する。その間、高田に何もなければいいけれど。

。。。ちょっと待てよ。もしこの件で高田に何かあったら、この責任はボクになすりつけられるのではないか?

『 強面の人間 』と『 強面じゃない人間 』の区別ができず、それを見逃していたせいではないかと、本部はボクを責めるかもしれない。そして全国監視カメラ会議でボクを吊るし上げこう言うに違いない。

「 このカメラは欠陥品ですねぇ 」

「 型だって一昔前のだ。だから言ったじゃないですか?新しい型にしなくちゃいけないって。ローソンは全て新型に揃えてますよ 」

「 おいおいライバルは関係ないでしょう?我が社は我が社のスタイルがある。あなた達みたいな、どっち付かずの考えが今回みたいな事件を招いたんですよ 」

「 その言い方はなんだ?お前を今の地位まで引っ張ってやったのは誰のおかげだと思っている?お前がやっている不正を今ここでバラしてもいいんだぞ! 」

「 不正?あなただって、どっかの国会議員みたいにガソリンのプリペイドカードを大量に購入していたじゃないですか? 」

「 それは初耳だな。本当かな?平林くん 」

「 課長、わたしの名前は平林じゃないです。若林です 」

「 すまんすまん。若林くん。その話は本当なのかな?残念ながら我々には秘書はいないのだよ 」

「 それはですね、、、、 」

「 課長すみません、わたしが若林さんに余計なことを発言したばかりに。それより監視カメラの件に戻りましょう 」

「 いや、この件は無視できないな。このことが社内に拡がったらどうなる?社員達の士気は落ち、フランチャイズオーナー達の信用もなくなる。今、この場でハッキリさせておく必要がある、平塚くん 」

「 課長、、、課長の噂も社内では拡がっているんです。あとわたしは、平塚じゃないです、窪塚です 」

「 なんの噂だね?窪塚くん? 」

「 新入社員の女の子と言ったら解りますよね? 」

「 窪塚くん、わたしをゆする気かね?人前でわたしをゆする気かね?上等だ、わたしは君をクビにできる権利がある。言っとくが新入社員の野々村さんとは何もない 」

「 野々村さん?わたしは村上さんと聞いていましたが 」

「 そっちとも何もない! 君はクビだ。今すぐクビだ!ついでに若林もクビだ! 」

こんな言い合いをするに違いない。
そしてボクは粗大ゴミとして出される。マズイ。非常にマズイ。

考えゴトをしていたせいで肝心な高田と女のやりとりを見逃していた。

しまった。。。

高田は丸裸で手をストッキングで縛られ、口もストッキングを突っ込まれている。女はSMの女王さまだと言わんばかりの格好をしている。

ボクと違うカメラが観ていた映像を巻き戻してみる。

小説『 強面ライセンス 』4

夜中の2時50分。

ベージュのスプリングコートを着た、髪の長い女が店に入ってくる。

ヒールの高い靴をコツコツと音を立て酒コーナーの前で止まる。ジャック・ダニエルを左手でとり、次はストッキング3足を右手にとるが女の表情が崩れ、深くため息をついた後に高田に向かって、すみません、と声をかける。

高田は女の所まで駆け寄り、どうしました?と尋ねる。

「 ストッキングってこれしかないの? 」と女は言う。

「 何足あれば足りますか? 」と高田は言う。

「 数じゃないの。デザインよ 」と女は言う。

デザイン?ストッキングなんて、どれも一緒だろうにと怪訝そうな顔をし、今はこれしか置いてないんですよねぇ、と高田は言う。

じゃあ仕方ないわね、と女は言いレジに持って行き、実は今日、お金を持ってきてないの、と何でもなさそうに女は言う。

「 まさか 」と高田は言う。

ボクだって「 まさか? 」と思う。女はジャック・ダニエルとストッキングを選んでレジまで運んできている。ストッキングの種類についてだって文句を言った。

「 これなら、持ってきてるの 」と自信満々に一枚のカードを鞄から取り出して、高田に渡す。

「 強面ライセンス?このカードなんですか? 」と高田は言う。

ボクはそのカードにズームして近寄る。そのカードの見た目は運転免許証に観えるが、左上に赤い字で『 強面ライセンス 』と書いてあり、横に『 No. 000517 』と書かれている。ボクはずっとこの店にいるが、初めて観るカードだ。

「 このカード、めっちゃくちゃ審査が厳しいの 」と女は言う。

「 はぁ 」と高田は言う。

「 世界で持っているのは、ごくごく限られた人なの。解る?特別なのよ。スペシャルなの 」と女は言う。

「 俺、初めて見たけどなぁ 」と高田は言う。

「 運がいいわ。あなたは、とっても、運がいい。このカード、なかなか人にみせないし、みれないの。さぁ、会計して 」と女は言う。

「 無理ですよ。クレジットカードでも電子マネーでもないのに。会計はできません 」と高田は言う。

セブンイレブンは可能だったわ 」と女は心外だとばかりに言う。

「 まさか? 」と高田は言う。それにお客さん、全然、強面じゃないですよね?

確かに女は『 強面の人間 』とは程遠い顔立ちをしていた。女が公務員なら『 美しすぎる公務員 』または、庭師なら『 美しすぎる庭師 』と呼ばれてもおかしくない。

「 あなた、バンドやってるでしょ? 」と女は言う。

えぇ、やってますけど、高田は驚きながら言う。

「 左手の指をみればわかるわ、私ある有名バンドのマネージャーをしているの。このカードで会計してくれるならメジャーデビュー考えてもいいわ 」と女は言う。

「 どのバンドですか? 」と高田は言う。

「 言えないわよ、そんなの。言ったら、あなた逆に私にお金払いたくなっちゃうわよ。とりあえず歌ってくれるかしら 」と女は言う。

半信半疑だが、他の客もいないし、こんなチャンスは滅多にないと思ったんだろうか、ギターをかき鳴らす風にして、アカペラで高田は歌った。

「 なんて曲? 」と女は言う。

「 愛を知っているなら、パスタで踊れって曲です。聴いた通り、スリーコードのロックンロールです。どうですか? 」と高田は言う。

「 どうもこうもないわ、私があなたのマネージャーだったら、このジャック・ダニエルであなたの頭をカチ割っているわ 」と女は言う。


小説『 強面ライセンス 』3

彼らが店を出た後、男女のカップルが手を繋ぎ笑いながら店に入ってくる。

ボクは安心する。この男女のカップルはどう見ても『 強面の人間 』ではない。

だがその考えは3分もしないうちに覆されてしまう。

男は店内に置いてあるコンドームを両手で抱えて高田のいるレジまで持っていく。

「 9個しかありませんか? 」と男は言う。

「 彼ってスゴイのよ 」と女はウィンクする。

高田は驚くが、確認してきますね、とバックヤードに入っていく。

「 参ったね。これだけじゃ全然足りないな 」と男は言う。

「 水風船じゃダメなの? 」と女は言う。

「 子ども達がコンドームじゃないと楽しくないって怒るんだよ 」と男は言う。

「 でもどうやって膨らますの? 」と女は言う。

「 耳で膨らますんだよ。火星人は耳で呼吸しているんだ 」と男は言う。

女は、なるほど、と言い、店内を歩き目当ての物を見つけレジまで運ぶ。

「 耳掻き 」と女は言う。

「 コンビニに耳掻きが売ってるんだ 」と男は感心しながら、耳掻きを触る。

ありました、ありました、と高田も両手でコンドームを抱えレジの上に置く。13個ありました、と高田は言う。

「 全部下さい 」と男は言う。

「 この耳掻きも 」と女は言う。

「 22個も? 」と高田は興味深く聞く。

「 本当はもっと欲しいけど時間がないから 」と男は言う。

「 私たち、今から火星に行くの 」と女は笑いながら言う。

「 お客さん達、面白いなぁ。コンドームを22個買う人も見たことないけど、舞台の練習でもしているんですか?火星はどうやって行くんですか?やっぱりUFO? 」と高田は言う。

「 宇宙船は目立ちすぎてダメなんだ。最近の火星人は洗濯機を使う。スペースもとらないし、普段の生活に紛れて行動できる。地球人だって、まさか洗濯機で火星に行けるなんて思わない 」と男はお金を払いながら言う。

「 洗濯機で? 」と高田は言う。

「 電源を20秒間長押しするの 」と女は言う。

「 それだけですか? 」と高田は言う。

「 そう、それだけで火星に行けるわ。そのまま洗濯機の中に入るの。2分で着くの 」と女は言う。

男は両手を組んで、うんうん、と頷く。

あっ、今度は40個入荷してもらえるかな?二週間後にまた来るよ、と男は言い、二人で手を繋ぎ笑いながら店を出て言った。

ボクは高田を観る。二人の言った事を信じているのか表情だけでは読み取れない。高田は大きな欠伸をしながら両手を前に伸ばして、コンドームが並んでいた、ぽっかり空いた棚の前で、しばらく立っていた。


小説『 強面ライセンス 』2

夜中の1時半。

二人組の男が店内に入ってくる。全身黒ずくめでごつい身体をしている。背丈も顔も瓜二つ。兄弟だと言ってもおかしくない。タイヤメーカーのマスコットキャラクターミシュランマンによく似ている。黒のミシュランマン。

勿論、彼らは『 強面の人間 』だ。チンパンジーが観たって同意してくれるに違いない。ボクは迷わず本部に警告サインを送る。

ミシュランマン1号が缶ジュースコーナーの冷蔵庫の前に立ち止まる。扉を開いて持っていた買い物カゴに、缶コーヒーのジョージアを一つずつ確かめながら入れていく。まるで弾倉に弾を入れているみたいだ。

ミシュランマン2号は雑誌コーナーで斎藤一人の本を立ち読みしている。何故か彼はニヤニヤしている。書かれている内容に共感しているんだろうか?それとも下らないと笑っているんだろうか?

ミシュランマン1号はレジに向かう。高田は商品補充をしていた手を止めレジに回り込む。高田はミシュランマン1号を観ても、少しも表情を変えない。本部から警告サインが届いている筈なのに。

「 世界は誰かの仕事でできている 」とミシュランマン1号は高田に言う。高田は袋に缶コーヒーを入れる手を止める。

「 それ、ジョージアのCMですよね? 俺も好きですよ。あのCMは山田孝之が出てるから良いですよね。他の役者だったら、えっ?何言っちゃてるの?って思っちゃう。あの人は普通の人を演じるのが上手い 」と高田は言う。

ミシュランマン1号は「 彼に会ったことがある 」と言う。

羨ましいなぁ、と高田は言う。サインもらいました?

「 4パターン目から違う人間がCMに出ている 」と高田の質問を無視してミシュランマン1号は言う。

「 おかしいなぁ。あのCM山田孝之しか出ていませんよ 」と高田は言う。

「 そう観えるだけだ。実際は彼じゃない 」とミシュランマン1号は言う。

高田は意味が解らないまま会計金額を言う。ミシュランマン1号は1万円札を置き、釣りは要らないと店から出ようとする。

「 お客さん、困りますよ。こんなに余分に貰っても店長に怪しまれてしまう 」と高田は言う。

「 こんな夜中に働いているんだ。それぐらいポケットに入れたってバチは当たらない 」とミシュランマン1号は言う。

だってほら、あの監視カメラが観てるからと、指でボクを差しながら高田は言う。だから誤魔化せないんですよねぇ。

ミシュランマン1号は舌打ちをしてレジの横にある募金箱に無造作にお釣りを突っ込み、店から出て行く。それに気付いたミシュランマン2号もつられて出て行く。

何もなくて良かったな、とボクは思う。本当に高田を観ていると寿命が何年あっても足りない。


小説 『 強面ライセンス 』1


今更、ボクが言わなくても知ってると思うけど、世の中には二種類の人間がいる。

『 強面の人間 』と『 強面じゃない人間 』だ。

ボクは郊外にあるファミリーマートの店内の監視カメラ。

この『 強面の人間 』と『 強面じゃない人間 』が店に訪れ買い物をして( 勿論、買わない人間もいる )そして出て行く。

『 強面の人間 』を見付けるとボクは本部に警告サインを送る。店内にいる従業員が危険な目にあうかもしれないし、商品が盗まれるかもしれないからだ。

こんなこと言うと「 人間を見た目で判断するもんじゃない!! 」と怒鳴る人間がいる。冷静に、ソファに腰掛け、コーヒーでも飲みながら考えて欲しい。

「 人間は見た目が全て 」だと言う考えに辿り着く筈だ。大抵の強面の人間は、それにあった行動をする。簡単にモノを壊して、簡単に人間を傷つけ、簡単に人間を殺してしまう。大袈裟な話じゃない、ボクはそれを観てきた。この店で。

『 強面の人間 』がよく来る時間は夜の10時から夜中の3時の間。彼らは、あるいは彼女らは申し合わせたように、この時間帯にやってくる。

ボクは本部に警告サインを送り、本部は店内で働く従業員に目立たない様に合図を送る。従業員は安全ルートを確保して、店内にいる『 強面じゃない人間 』に、こっそり知らせる。

「 店内に強面の人間がいます。僕が合図を出したら、こちらから逃げて下さい 」

とは言え、このシステムは完璧ではない。例えば、従業員が『 強面の人間 』に悪意を感じていない人間がいるからだ。そういう人間は自分を『 強面じゃない人間 』だと思っていないし、人間は見た目じゃないと信じきているからだ。ただ残念なことに、この世の中が繰り返してきた歴史の中では、ほぼ、『 強面の人間 』が世の中を最悪の方に導いている。そして、一番初めに犠牲になるのは、、、。

ボクが監視を続けているファミリーマートには、危険に巻き込まれやすい人間が働いている。

彼の名前は「 高田 誠 」彼は24歳でここで働きながらバンドを組んでいる。ボーカルギターをしている。夜中に働き、午後からバンドの練習をする。

彼は言う「 今の音楽はハングリー精神が足りないんだよ。ロックから3万光年もかけ離れてる奴らが人気がある。家に帰れば夜飯を母親に用意してもらえる奴らばかりだ。『 わぁ、母さん、今日のご飯はハンバーグなんだ。僕、嬉しいなぁ。ところで母さん、最近、母親目線で政治に対する考えってある?うん、今度出す新曲の歌詞の参考にしようと思って 』そんな、どうしようもない奴らのせいで週に一回は国会の前でデモをしないと気が済まない奴らが増えてしまったんだ 」

小説『 モダン・アート 』9

  携帯電話の着信で目を覚ました。時間を観たらいつも起きている時間を過ぎていて、もう10時になろうとしていた。アラームを気付かないうちに消していたんだろうか。風邪をひいたのか頭がひどく痛んだ。「 真下です、久しぶり 」と明るい声が電話ごしに聞こえてきた。本当は昨日中にかけ直すべきだったんだけど、と真下は言った。僕は驚いてパイプベッドに足をぶつけてしまった。僕からの電話を真下は喜んでくれていた。僕が覚えていない2人の思い出を真下はまるで映画のワンシーンの様に丁寧に話してくれた。自分が置かれたこの状況を一瞬忘れてしまう話し方だった。彼なら本当に素敵な映画を作るだろうなと思った。

「 明日の12時にはそっちに行けると思う 」と真下は言った。え?と間抜けな声が思わず出てしまった。「 23号線沿いのスシローでいいよね? 」と真下は言った。僕は一言も彼には言っていない。「 いいかい?彼らが出す食事や飲み物に手をつけてはいけないよ。調子が悪いフリをして断るんだ 」と真下は言った。「 ちょっと待って。真下は何か知っているの? 」と僕は尋ねた。「 正確に言うと僕が知っているわけじゃない。昨日、電話をとった男性がいたでしょ?その子に教えてもらったんだ 」と真下は言った。彼が何を言ってるのか、さっぱり分からなかった。那須や真下だけがあらすじを知っていて僕だけが何も知らずにいた。相変わらず僕抜きで世界は回っている。「 ねぇ、真下は今どこにいるの? 」と僕は言った。「 図書館だよ 」と真下は言った。「 どこの? 」と真下は言った。「 詳しいことは会ってから話すよ。とにかく調子が悪いフリをするんだ 」と真下は言い電話を切った。

  僕は体調が悪いから今日の食事は大丈夫だ、と那須に言った。那須は黙って頷いて風邪薬を渡してくれた。僕はその風邪薬を部屋に持ち帰りパイプベッドの上に置いた。真下は「 彼らが出す食事や飲み物に手をつけてはいけないよ 」と言った。僕は風邪薬を箱から出して掌の上で眺めてみた。何の変哲もない、どこの薬局にでも売っているカプセル型の風邪薬だった。横になり寝ようと思ったが頭痛はますますひどくなっていた。僕は堪らずその風邪薬を水を使わず飲み込んだ。横になっていると誰かが部屋のドアをノックしてきた。始めは小さな音でコンコン、コンコンと鳴っていた。僕は鍵は開いています、と声を出そうとしたが酔っ払いの様に呂律が回らない。次第にノックの音は大きくなっていった。ドンドン、ドンドン、と部屋中に響き出した。鍵は開いてるんです、と何度も僕は訴えた。那須はどこにいるんだろう?何故、彼は止めないんだろう?

  いつの間にか眠っていて夢の中の西嶋の部屋にいた。「 だいぶうなされていましたが大丈夫ですか? 」と西嶋は言った。僕は夢の中でも眠っていたらしい。布団の上で下着まで汗をびっしょりかいていた。額の上には冷えたタオルがのっていて近くに氷水が入った洗面器が置いてあった。部屋は閉めきられていて障子からもれた淡い光が舞っている埃をきらきらさせて西嶋には影を落としていた。いつもの真夏の日差しや風鈴の音や蝉の鳴き声は聞こえなかった。「 西嶋さんのおかげで何とか出て行けそうです 」と僕は言った。西嶋は頷いて良かったですね、と言った。「 残念ながらあなたの点描画は完成していません 」「 僕にも描けるようになれますかね? 」「 なれますよ。そんなに難しく考えなくても誰でも描けるんです 」と西嶋は言った。最後に縁側で話がしたいと僕は言った。西嶋は首を横にふり、もうそれらは失われたんです。もう、あなたは昨夜来られた、あなたじゃない 」と西嶋は寂しそうに言った。「 僕が友人の代わりに、あの店を出て行くからですか? 」と僕は言った。西嶋はそれには答えず、さようなら、と僕に言った。僕は、今まで上手にさようならを繰り返して生きてきたつもりでいた。それは間違いだった。西嶋にさようならを言われるまで気付かなかった。僕は心から誰かに必要とされたかったんだと思い知った。そして、僕は心から誰かを必要としたことがなかった。

 予定より5分早く真下は店にやってきた。何年も会っていないのに昨日まで一緒だったような優しい笑みをしていた。真下と一緒にカウンターに座ると「 あとで行くから家で待っていてくれないかな 」と真下は言った。僕は何かを言おうとしたが上手く言葉にできなかった。僕はただ頷いて真下に手を振り店を出た。車に向かって歩いている間、僕は何度も振り返った。真下は友人を上手く呼べるだろうか、それとも違う方法があるのだろうか。僕は車に乗ってシートベルトを締めた。エンジンをかけた時ラジオから、使い古されたメロディーにのせて、誰にでも思い付くような歌詞で、罪のない可愛らしい女性の歌が流れた。僕はそういう歌がずっと嫌いだった。ハンドルを握ると涙が流れたきた。僕はどこに行けばいいのだろう。その歌にさえすがりつくようにハンドルを握り続けていた。

 

「 君達の組織は解散したった聞いたけど 」と真下は言った。

「 どこかのアイドルグループじゃないんだよ 」と那須は言った。

「 前の組織のリーダーの名前を使ってるなんて卑怯か、あるいは、よっぽど人が集まらないか、どっちかじゃないんですか?」と真下は言った。

 前より人数は多くなっているんだよ、とカウンターに人差し指でトントン鳴らせながら吐き捨てるように那須は言った。「 なぁ、なんであんたは俺たちの組織を知っている? 」

 少し前に本物の那須さんには会ったことがあるんですよ、と真下は言った。「 知っていますか?アフリカに未だに木材で飛行機や司令塔を造り続けている部族がいるんです。その飛行機はエンジンもないから飛べないんです。それでも造り続けてるんです。どうしてだと思います? 」

 那須は興味のなさそうに首を横に振った。「 第二次世界大戦の時、彼らは本物の飛行機や司令塔を造っていました。当時はその報酬として食料や物資が彼らに分け与えられました。でも戦争は終わりました。それでも彼らは造り続けているんです。前と同じ様に造り続けていれば食料や物資が届くと信じているんです 」と真下は言った。

「 何が言いたい? 」と那須は言った。

「 君達はやり方を間違えているんだ。時代は変わったんだ。人間が人間を造り変えるのは許されることじゃない 」と真下は言った。

「 なぁ、あんただって、この世界にとってはタダの歯車にすぎないんだよ 」と那須は言った。

「 もちろん、知ってるよ 」と真下は言った。

 那須は2人の前にある回転寿司のレールに拳銃をのせてコンベアを回した。

 「 目に見えているものだけが全てじゃないんだよ 」と那須は言った。

 「 それも知ってるよ。ただその前に目に見えてるものを大切にするべきなんだよ 」と真下は言った。

 ほどなくして2人の前に拳銃をのせたコンベアが止まり、銃声の音だけが店内に鳴り響いた。