小説 ルーザー 3 ー桃太郎
早朝、田野は欠伸を噛み殺していた。
タクシーを事務所の車庫に戻して、1日の売り上げを入金する。
自販機の缶コーヒーを飲みながら、同僚達と1日の出来事を話し合う。
面白い話もあるが、他人事とは思えない話もある。
「 矢部さんが、運転中に後ろから殴られて救急車で運ばれたらしいよ。笑えねぇよな 」
最近、乗車中にタクシー運転手に暴行する若者達がいる。
幸い命に別状はないが、彼は辞表を出したらしい。
その気持ちは分からないでもない。
と田野は想う。
矢部には、4人の子どもと奥さんがいる。
仕事中に殺されてしまったら、たまったモンじゃない。
そして、彼はまだ若い。
仕事なんて、選ばなければ沢山ある。
理解できないよな、と同僚は言う。
「 一体、何に怒ってるんだよ、ガキ共は 」
「 大丈夫だよ、小久保さんに絡む奴なんていないよ 」と田野は言う。
同僚の小久保は、元プロレスラーで3年前に、この会社に入ってきた。
初めは近寄り辛かった。
小久保は無口な上に長身でタクシーに乗ってると言うよりは、タクシーに乗っかってる様だった。
一度、田野が貧血で倒れた時、栄養ドリンクを3ケース買ってきてくれた。
小久保は「 年なんだから、無理しちゃ駄目ですよ 」と言った。
「 そうですね。もし、俺にそんな事するガキがいたら、ドロップキックをお見舞いしてあげますよ 」と小久保はケラケラ笑いながら言う。
お疲れ~と言い各自家に帰る。
明け方の街を原付きに乗りながら田野は想う。
「 俺はまだまだ辞められない。高校受験を控えている、中学生の実がいる。親の経済状況で、息子に迷惑はかけられない 」
今頃、息子も目を覚ましているだろう。
田野は迷いを振り切る様に、少しだけ原付きのスピードを上げた。