小説 素敵な図書館 6
ボクの前に『 忘却カード 』が差し出される。
名前の欄に『 佐藤 圭祐 』と書かれている。
やあ、と館長は言った。
「 今回は、僕の記憶を引き取ってくれないかな 」
ボクはカードの裏を見て、館長の顔を見る。
『 図書館を造った記憶 』と書かれている。
「 これは本気ですか?何かの悪戯ですか? 」とボクは言った。
本気だよ、と館長は言った。
「 理由は二つある。まず一つ目。もう、僕は年だ。若い君達に、この図書館を譲りたい。君を見ていて思ったんだ。君達なら、もっともっと、この図書館を面白くできる 」
ボクは頷く。
「 二つ目。また一から新しい事をしたくなった。この図書館は、好きだよ。毎日、たくさんの人が来てくれる。スタッフだって楽しそうに働いている。とても運が良い。普通は、こんなに上手くいかない 」
だからと言って、記憶を消す必要があるだろうか?
ボクは正直に言った。
「 記憶を消す意味が分かりません 」
「 今のままだと、この図書館の様な事しか出来なくなる。つまりパターン化するのが嫌なんだ。大丈夫だよ。何も死ぬ訳じゃない。記憶が消えても、感性は消えない。僕なら、また上手くいく 」と館長は言った。
恐らく、このコーナーを造った時点で、館長は決めていたんだろう。止める必要はなかった。
分かりました、とボクは言った。
頼むね、と館長は言った。
「 館長のおかげで、仕事は楽しいものだと想える様になりました。スタッフもみんな、そう想っています 」とボクは言った。
「 それは、こっちのセリフだよ。君達自身が仕事を楽しいものに変えたんだよ 」と館長は言った。
「 最後に一つだけいいですか。何故、この図書館を造ったんですか? 」とボクは言った。
館長はいつも通り、ニコニコして答える。
「 僕は、人の笑った顔が好きなんだよ。笑った顔を想像していたら、この図書館になったんだ 」
その日も台風で図書館は空いていた。
ボクは、今度の講義に使う資料を集めていた。
お久しぶりです、と男の子は言った。
松葉杖をついていた男の子だった。
半年ぶりだね、元気だった?とボクは言った。
「 あの日、図書館から帰った後、家で母親と一緒に写ってる写真を観たんです。前に暮らしていた街で撮ったからか、僕も母親も笑顔で写ってました。それを観たら、堪らなく母親に会いたくなりました。思い出って厄介ですね。何をしていても、何処にいても、母親と楽しく暮らしていた思い出が鮮明に蘇ってくる 」と男の子は言った。
「 記憶は引き取らなくていいんだね? 」
「 良い思い出も、嫌な思い出も大切です 」と男の子は笑った。
ボクは図書館で働いている。
この図書館は、小さな小さな街にある。
電話帳にも、グーグルマップにも載っていない。
そんな図書館があるわけないじゃないか?
と、あなたは怒るかも知れない。
そんな事、言われても困る。
ボクは、確かにこの図書館で働いている。