素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 レトリック・サーカス 1 』ジキルとハイド

 

『 死に方は自分で選べる 』

 

お前ら人間は勘違いをしている。

人間が選べるのは生き方だけだ。

死に方は俺たちが決めている。

それはずっと前からのことだ。

有難いと思え。

こんな面倒な役、誰がやりたがる?

 

寿命に善人も悪人も関係ない。

善人が長生きする訳でもなく、悪人が早く死ぬ訳でもない。

むしろ、ずる賢く生きている奴の方が長く生きている。

 

「 ちょっと兄さん、誰に向かって話してるの? 」とジキルは言う。

 

「 演説の練習だ。以前、数学教師を懲らしめた時、気持ち良かったからな。死神だって練習ぐらいする 」とハイドは言う。

 

一つの頭に二つの顔。

 

正面から観て、左側がジキル。右側がハイド。

 

ジキルは青色の顔。ハイドは赤色の顔を持っている。

 

腕、体、足は緑色をしている。

 

弟のジキルが話している時、
兄のハイドは目を閉じる。

 

兄のハイドが話している時、
弟のジキルは目を閉じる。

 

彼ら( 一つの肉体に二つの顔を持っているので、そう呼ぶことにする )は、人間や動物に憑依する。

 

彼らは人間や動物に憑依し、寿命がきた人間を間接的に死に至らしめる。

 

憑依された人間や動物は、その時の記憶を失っている。

 

数え切れない程、砂時計が並んでいる。

そのどれもが、砂の残りがわずかなものばかりだ。

 

「 今日は何人だ? 」とハイドは言う。

 

「 12522人 」とジキルは言う。

 

「 今日も多いな 」とハイドは言う。

 

「 でも、ありがたい事だよ。人間の哀しみで僕らは生きていけるんだし 」とジキルは言う。

 

「 死神が生きていくのも、楽じゃない 」とハイドは言う。

 

彼らは、砂時計を一つ一つ撫でる。

ゆっくり撫でた後、口に入れる。

12522個を時間をかけて入れていく。

 

彼らなりの儀式の様なものだ。

それを毎日繰り返している。
砂時計が止まる分だけ、人間の命は止まっていく。

 

確かに、こんなに面倒くさい役は誰もやりたがらないだろう。

 

 「 無理ですよ、生活があるんです。家のローンだって、あと25年残ってる。今、辞めてしまったら家族を路頭に迷わせてしまう 」とヨレヨレのポロシャツを着た名倉康介は言う。

 

ドラキュラに血を吸われてしまったみたいに顔が青白い。額には汗が滲み出ていてハンカチで何度も拭っている。

 

今日、寿命が尽きる人間の1人、名倉康介。

 

名倉康介は仕事の労働時間や給与に不満を持っていた。仕事を辞めたいが辞められない。答えはとっくに出てるが誰かに聞いてもらいたい。ほんの少しでも吐き出したい。だから、お金を払ってでも相談所に行く。

 

「 仕事に、命をかけるなんて死ぬほどダサイことです。あなたが会社からいなくなっても困りません。何故なら代わりならいくらでもいるからです。あなたが、その仕事をしなくても誰かがします。山口さんか、あるいは塩谷さんがします。あなたが明日、会社を辞めても誰も困りません。もし、あなたが明日も会社に出社して、お金や家のローンの為に働き、身体を壊して、働けなくなっても会社は違う誰かを雇います。でも、あなたの家族は違います。家族にとって、あなたは大切な存在です。夫であり、父親です。たかがお金なんです、たかが家なんです、たかが仕事なんです 」と相談所の男は言う。

 

「 涙が出るね、兄さん。こんな優しい人間は珍しい 」とジキルは言う。

 

「 残念だが、優しく励まされたぐらいで寿命は延びたりしない 」とハイドは言う。

 

名倉康介は帰宅途中に、上司から連絡が入り出社しなければならなくなる。名倉康介の中で何かが外れた音がする。

 

かたん、と小さな音が頭の中で響き、耳を塞いでも鳴り止まない。吐き気がする。吐いても吐いても終わらない。「 あいつを殺さなければ、これは止まらない 」と名倉康介は思う。

 

ジキルとハイドは名倉康介の上司に憑依する。

 

名倉康介が怒鳴りながら事務所のドアを開ける。従業員の短い悲鳴が上がる。「 名倉さん、何やってるの? 」

 

名倉康介の右手にはナイフが握りしめられている。そのナイフは5か月も前から購入していた。この日を、この瞬間を出社する度に想像していた。

 

名倉康介は喚き散らしながらナイフを突き出す。上司に憑依したジキルとハイドは、身軽にかわして、ぽんっと背中を押す。スローモーションで名倉康介は回転しながら机に後頭部をぶつける。

 

「 悪いな。死に方は選べないんだ 」とハイドは言う。