素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 コロニー 』8

会社の近くの蕎麦屋に昼食をとりにいく。店内はサラリーマンやOLで混雑している。隣の席では珍しく中学生が座っている。前に座っているサラリーマンはどう見ても父親ではない。何か事情があるのかサラリーマンの方は険しい顔をしている。私は関わらない様に新聞を拡げ読んでいるフリをする。

料理が運ばれるのを待っていたら、店員に相席を頼まれる。すみません、と苦笑いを浮かべた女性が私の席の前に座る。「 今時、新聞を拡げてる人なんて松嶋さんだけじゃないかしら? 」と女性は言う。私は新聞をたたんで「 どこかでお会いしたことありますか? 」と尋ねる。「 あなたが忘れていたものを私が思い出したのに。酷い言い方ね。コロニーと言えば解るわよね 」と怪訝そうに言う女性は真由美だった。私は言葉に詰まり何を話したらいいのか分からなくなる。「 人殺しがやってきたみたいな顔しないでよね。あっ、私は実際に人殺しか 」と真由美は言いながら右手の袖をめくる。右手は包帯で巻かれている。「 子ども達と一緒に住んでいた家が1人の親にバレたの。うちの子どもを返せって怒鳴ってね。玄関のドアを何度も叩くの。開けないと分かったら今度は窓ガラスを割り出したわ。子ども達を裏口から逃がして私は家に火をつけた。その時の火傷。参った事に肩まで続いているの 」と真由美は笑う。「 その時はそれでいいと思ったんですね 」と私は言う。「 その言葉はコウタから聞きたかったけど。もうこっちにはいないのよね 」と真由美は言う。私は頷く。「 私だけ生き残ったの 」と真由美は言う。「  君のおかげで私は目を覚ますことができた 」と私は言う。今度は真由美が頷く。「 ハヤトが死んだことはあなたのせいじゃないのよ。ハヤトは思い出すことができなかったの。とっても大切な母親との思い出を 」と真由美は言う。「 隼人が神社の近くの藤棚に母親と一緒にいたのは、近くに幼稚園があったからなんです 」「 幼稚園? 」「 隼人は幼稚園に通ってたころ虐められていたんです。他の子より太っていただけで。虐めてる子ども達も悪気はないんです。ゲラゲラ笑って馬鹿にするのが楽しいでしょう。でも毎日、子どもが泣いて帰ってきたら母親はどう思いますか?だから隼人の母親は金属バットを持って幼稚園に殴り込みに行ったんですよ。隼人を虐めてる奴は誰だ!って大声を出しながらグランドを駆け回っていた。隼人はそれを観て『 この先、何があってもお母さんを守ろうって決めたんだよ。笑える話だろ? 」って私に言ったんです。隼人が、そんな大切な思い出を忘れてるわけがないんです 」と私は言う。「 あなたに生きていて欲しかったから、思い出していないフリをしていたわけ? 」それは解りません、と私は言う。「 そうだとしたら、あなたはハヤトの分まで生きなくちゃね 」と真由美は笑う。

私達は蕎麦屋の前で手を振って別れる。これからどこへ行くんですか?と真由美に尋ねる。あなたこそどちらに行くの?と私に尋ねる。苦笑いしながら「 ごめんね。私たちは希望の他には何も持ち合わせてないの。生きている限り希望は続くのよ 」と真由美は言う。「 ショーシャンクの空に 」と私は言う。真由美と別れた後、会社に早退の連絡をする。私は安曇荘に向かう。