小説『 強面ライセンス 』4
夜中の2時50分。
ベージュのスプリングコートを着た、髪の長い女が店に入ってくる。
ヒールの高い靴をコツコツと音を立て酒コーナーの前で止まる。ジャック・ダニエルを左手でとり、次はストッキング3足を右手にとるが女の表情が崩れ、深くため息をついた後に高田に向かって、すみません、と声をかける。
高田は女の所まで駆け寄り、どうしました?と尋ねる。
「 ストッキングってこれしかないの? 」と女は言う。
「 何足あれば足りますか? 」と高田は言う。
「 数じゃないの。デザインよ 」と女は言う。
デザイン?ストッキングなんて、どれも一緒だろうにと怪訝そうな顔をし、今はこれしか置いてないんですよねぇ、と高田は言う。
じゃあ仕方ないわね、と女は言いレジに持って行き、実は今日、お金を持ってきてないの、と何でもなさそうに女は言う。
「 まさか 」と高田は言う。
ボクだって「 まさか? 」と思う。女はジャック・ダニエルとストッキングを選んでレジまで運んできている。ストッキングの種類についてだって文句を言った。
「 これなら、持ってきてるの 」と自信満々に一枚のカードを鞄から取り出して、高田に渡す。
「 強面ライセンス?このカードなんですか? 」と高田は言う。
ボクはそのカードにズームして近寄る。そのカードの見た目は運転免許証に観えるが、左上に赤い字で『 強面ライセンス 』と書いてあり、横に『 No. 000517 』と書かれている。ボクはずっとこの店にいるが、初めて観るカードだ。
「 このカード、めっちゃくちゃ審査が厳しいの 」と女は言う。
「 はぁ 」と高田は言う。
「 世界で持っているのは、ごくごく限られた人なの。解る?特別なのよ。スペシャルなの 」と女は言う。
「 俺、初めて見たけどなぁ 」と高田は言う。
「 運がいいわ。あなたは、とっても、運がいい。このカード、なかなか人にみせないし、みれないの。さぁ、会計して 」と女は言う。
「 無理ですよ。クレジットカードでも電子マネーでもないのに。会計はできません 」と高田は言う。
「 セブンイレブンは可能だったわ 」と女は心外だとばかりに言う。
「 まさか? 」と高田は言う。それにお客さん、全然、強面じゃないですよね?
確かに女は『 強面の人間 』とは程遠い顔立ちをしていた。女が公務員なら『 美しすぎる公務員 』または、庭師なら『 美しすぎる庭師 』と呼ばれてもおかしくない。
「 あなた、バンドやってるでしょ? 」と女は言う。
えぇ、やってますけど、高田は驚きながら言う。
「 左手の指をみればわかるわ、私ある有名バンドのマネージャーをしているの。このカードで会計してくれるならメジャーデビュー考えてもいいわ 」と女は言う。
「 どのバンドですか? 」と高田は言う。
「 言えないわよ、そんなの。言ったら、あなた逆に私にお金払いたくなっちゃうわよ。とりあえず歌ってくれるかしら 」と女は言う。
半信半疑だが、他の客もいないし、こんなチャンスは滅多にないと思ったんだろうか、ギターをかき鳴らす風にして、アカペラで高田は歌った。
「 なんて曲? 」と女は言う。
「 愛を知っているなら、パスタで踊れって曲です。聴いた通り、スリーコードのロックンロールです。どうですか? 」と高田は言う。
「 どうもこうもないわ、私があなたのマネージャーだったら、このジャック・ダニエルであなたの頭をカチ割っているわ 」と女は言う。