素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 モダン・アート 』6

  目を覚ました時、自分がどこに居るか解らずパニックになった。見慣れない家具と窓のない部屋。理解するのに時間がかかった。そもそも那須は何故こんな事をしているんだろう。気味の悪いゲームの様に感じて嫌な汗が吹き出た。これは何かの実験で一部始終を誰かに観られている。閉じ込めらた人間が自分と引き換えに親しい友人連れてくる様を、裏切りを楽しんでいるかもしれない。「 これで解っただろう?本当の友情なんてありゃしない。みんな、自分が可愛いんだよ 」と腹を抱えて笑ってるかもしれない。ミンナ、ジブンガカワイインダヨ。

  携帯電話のアラーム音が鳴った。リストラされた後も変わらず毎朝起きていた時間にセットして起きた。不思議な事に自由を手に入れた後は、不自由を探していた。アパートから観える電車を眺め「 一体、どれだけの人がつまらない仕事の為にこの電車に乗っているんだろう 」と思った。そして最近までその電車に乗っていた。あれほど乗りたくなかった電車が今では恋しく思える。

  ドアを開けて店内に入った。那須はスポーツ新聞を広げてコーヒーを飲んでいた。

「 おはよう。朝はトーストしかないけどいいかな? 」と那須は言った。

  構いません、と僕は言った。店に閉じ込められて食事が出てこなければ本当に頭が狂ってしまう。贅沢は言えない。

  僕はカウンターの席に座り置いてあったスポーツ新聞を広げ読んだ。特に読むべき記事は無いように思えた。ある有名人同士の不倫記事、元スポーツ選手の覚せい剤の記事、人気アイドルグループの解散騒動の記事。こんなもの読んで何が面白いんだろう。それ以外に伝えることがあるだろうにと思った。「 共感がポイントなんだよ 」と那須がカウンター越しにおぼんを渡すのと同時に言った。

  おぼんの上には温かいコーヒーとシャリの上にガリがのっている寿司が置いてあった。

「 トーストじゃなかったんですか? 」と僕は返ってくる返事を分かっていても冷静に聞いた。

「 おや?おかしいな。どう見てもトーストに見えるけどね 」と那須は真剣に言った。

  僕はコーヒーでそれを流し込んだ。やはりガリだった。何年生まれ変わっても言い切れるくらい正真正銘のガリだった。

「 新聞社だって商売でやっている。人間が共感できることを記事で書くのが当たり前。誰が数年前に月に向けて打ち上げられたアポロの事に興味があるだろう?人間は目の前で起きてそうな事にワクワクする生き物。虐待の記事があれば『 なんて酷い親なんだ 』と怒り自分に言い聞かせる。『 私は違うんだ、コイツラとは違うんだ 』って。その話題が友達や仕事仲間とのランチの時間や保育園のお迎えに出くわした母親達と交わされることになる。そこで共感し合う。私たちは子どもにそんな酷い事はしないと。今は共感し合えなければ商売だってできない。そして友達だってできない 」と那須は言った。まぁ、それでも三年以内に新聞社は一社にまとまると思うけど、と那須は笑いながらコーヒーを飲んだ。

  僕もそれにつられてコーヒーを飲んだ。口の中に違和感を感じる。それがガリのせいだと分かってはいるが居心地の悪さにいつもより早くコーヒーを飲み終えた。

「 さて 」と那須は言った。

「 あなたに共感している友達に電話しましょうか?そうしなければあなたはこの店から出る事ができない 」と那須は言った。

  後ろを振り向くと23号線を白や黒の車がひきりなしに通っていった。世界は僕無しでもいつも通り回っていた。僕が住んでいるアパートに帰ってきてない事を誰が心配してくれているだろうか。僕は首を振り携帯電話を再び開いた。