素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 モダン・アート 』2

  案の定、店内には客は一人もいなかった。僕と武丸君はカウンターに座った。回転寿しのレールには一皿も乗っておらずコンベアも止まっていた。消毒液がきつい程匂い、天井スピーカーから静かにジャズが流れていた。スシローでジャズ?客で賑やかな店内しか知らない為か今までは気付かなかったかもしれない。僕は携帯電話をみた。間違いなく12時15分と表示されていた。 

「 たまたまだよ 」と武丸君は手を組みながら言った。この状況がたまたまだと願ってる様な組み方だった。「 好きなもん食べていいよ、スシローぐらいしか奢れないけどな 」と言い武丸君は席をたった。僕はレール上に貼り付けてあるメニューをみたが、いつものスシローのメニューだった。この状況はたまたまで、むしろ面白いネタになるかもしれないな、と僕は思った。でも誰に話す?すぐに思いつく人がただの一人もいなかった。 

  僕は呼び鈴を鳴らした。男の店員が厨房からのそのそ歩いてきてカウンターごしに僕の前に立った。「 やぁ! 」と店員は言った。初めその言葉が僕に言われたのか分からなかった。店員とは初対面だったし、店員が客に接する態度じゃない。僕は思わず後ろを振り返ってみた。勿論、誰もいない。

  店員は肩までかかる黒い長髪でパーマをかけて顎に無精髭を生やしていた。帽子を申し訳ない程度に頭に被っていた。被るというよりは置いているという表現がぴったりくるかもしれない。スシローの制服を着て名札には『 那須 』と書かれていた。驚くことに店長だった。 「 何にしますか? 」と那須は言った。

「 え? 」と僕は聞き返した。

 那須は苦笑いしながら「 お客さん寿司食べに来たんですよね? 」と言った。僕はすみません、と言った。何故、食事をしにきた僕が店員に謝らないといけないんだろう。

 「 目に見えてるものだけが全てじゃないんですよ? 」と那須は言った。

 僕は肯定も否定も出来ずにいた。一体この状況で誰が寿司を注文できるだろう?