素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 レトリック・サーカス 4 』僕とマンホールの女

 

『 面白いお客さんに出会えること 』

 

喫茶店を経営して1番の楽しみが、僕にとってこれが当てはまる。

 

面白いと言っても、基準がある。

ギャグや変顔は論外だ。

 

店の雰囲気に合わせることは勿論、今まで生きてきた中で、触れたことのない体験を一緒に共有できるフワフワした感覚。

 

その人の人柄や話し方、その輪郭を撫でるだけで、僕は幸せな気持ちになる。

 

ごく稀に、人間じゃないお客さんも来店する。

 

その日は、1日中雨が降っていて、1日中、MJQを店で流していた。(どうして雨の日にMJQは、こんなに似合うだろう?)

 

ミルト・ジャクソンビブラフォンが、雨音と溶け合い、今は亡き名ギタリストに寄り添っていた。

 

店のドアを開けた後、ずぶ濡れのまま、ウーパールーパーは4人席のソファーに腰を下ろした。

 

ウーパールーパーが着ているディッキーズのツナギから、雨の匂いとガソリンの匂いがプンプンしていた。タオルを渡し、注文を訊ねたら「 ミックスナッツとコロナビールを下さい。あっコロナビールにライムは入れないで。ライムは私たちはダメなんですよ。ムフフ 」とウーパールーパーは言った。

 

店内には、他のお客さんは居なかった。思い切ってウーパールーパーに「 僕も一緒に飲んでいいですか? 」と訊ねたら「 どうぞ。1人で飲むのは淋しいし。丁度、あなたに話があったんですよ。ムフフ 」とウーパールーパーは無表情で可笑しそうに言った。

 

ウーパールーパーが自分のことを『 1人 』と呼んでることに疑問があったが、それには振れずに「 僕に話?お客さんは、僕の事を知ってるんですか? 」と僕は言った。

 

「 あなたは人生の分岐点について考えたことはありますか? 」とウーパールーパーは言った。

 

僕は人生の分岐点について考えてみたが、言われるまで、そんなこと考えたことなどなかった。僕は正直にそう答えた。

 

「 この先の人生、正しい道を選びたいと思いませんか?死ね時に『 あの時、違う道を選んでいたら、こんな悔いの残る生き方はしてなかった筈だ! 』と嘆かないですみます。これさえあれば 」とウーパールーパーはサングラスをツナギの右ポケットから出して、テーブルの上に置いた。

 

よく見てみるとウルトラセブンの変身するそれに似ていた。

 

「 これは何ですか? 」

 

スピッツァーです 」

 

スピッツァースピッツってバンドなら知ってるんですけど 」と僕は惚けてみたが、ウーパールーパーは無表情で「 スピッツァーです 」と言い切った。

 

「 このスピッツァーが便利ですよ、ムフフ。これさえあれば人生の分岐点が解るわけですよ。いいえ、お金は要りません。私たちの住む町ではお金なんて存在しないんです。ムフフ 」とウーパールーパーは言った。

 

僕はスピッツァーと呼ばれるサングラスを手にとって確かめてみたが、見れば見る程、ウルトラセブンの変身道具に似ていて、変身したい衝動にウズウズしてきた。

 

ちょっと待てよ、こうなることを予測して、催眠術師の様に僕に問いかけてるかもしれない。

 

「 例えば、MJQの再結成は、彼らにとって正しい決断だったんですか? 」と僕は訊ねた。

 

コロナビールをもう1本下さい、とウーパールーパーは言った。ウーパールーパーはとっても美味しそうにコロナビールを飲んだ。

 

「 また、来ます。今から5分後、1人の女性が店に来店します。その女性は、あなたに、この街のマンホールの数をあなたに訊ねてきます 」とウーパールーパーは言った。

 

「 何で分かるんですか? 」

 

スピッツァーがあるからです。あなたが人生の分岐点で間違わない選択をしない様に私たちは、やってきたんです。スピッツァーは置いときます 」とウーパールーパーは店から出て行った。

 

スピッツァーと呼ばれるサングラスと、空になったコロナビール2本と、一口も食べてないミックスナッツがテーブルの上に残った。

 

ウーパールーパーが座っていたソファーに触れてみるとソファーは水に濡れずに乾いていた。ガソリンの匂いもしなかった。