素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 レトリック・サーカス 2 』平と南

 

【 習慣 】

 

《 長い間それを繰り返し行うことで、あたかもそうすることがきまりのようになったことである。基本的には、行動、身体的な振る舞いを指しているが、広くは、ものの考え方など精神的・心理的なそれも含みうる。

 

ある人の習慣は、後天的な行動様式であり、反復して行われることで固定化され、いつしか その人とその人の習慣を切り離して考えることができないような状態になる場合も多い。「習慣は第二の天性なり」とも言われる 》

 

朝起きてから、寝るまでの間に、知らない間に染み付いている行動が誰にだってある。

 

例えば僕の場合、目覚ましにセットした時刻より5分前に起きる。

 

朝、歯を磨く時は普通の歯ブラシを使用して、夜寝る前は電動歯ブラシを使用する。

 

理由?特にない。それを習慣と言ってしまえば簡単だし、一種のおまじないの様なものだ。

 

1つでも習慣通りに過ごせなければ、何か悪い事が起きる予感がする。実際、そうなった場合「 やっぱりか 」と思う。

 

有難いのは、僕ら人間は忘れてしまう能力がある事だ。大抵の「 悪い出来事 」は1年も経てば忘れてしまっている。運が良ければ笑い話になって活躍する事もある。

 

そろそろ、僕自身の話は止めて、物語を進めよう。

 

この物語の主人公、平も習慣を大事にする人間の1人だ。

 

平は、人を殺しに行く前に、必ず床屋に行く。髪を整えてる間にイメージをする。幾つかのパターンがあり、幾つかの対応を考える必要がある。そして何よりも死んでいく者に対するマナーだと考えている。

 

平のお気に入りの床屋は「 いらっしゃいませ 」も「 こんにちは 」もない。

 

「 どうぞ 」と床屋の亭主は椅子を軽く叩く。平は静かに座る。

 

「 ナチュラルカットですね? 」と床屋の亭主は言う。

 

平は当たり前の様に頷く。この床屋は「 ナチュラルカット 」以外、存在しない。小難しい注文は一切受け付けない。

 

この床屋は夫婦で経営している。亭主は、映画バーバーの主人公ビリーボブソーントンに雰囲気が似ている。あるいは意識しているのかもしれない。

 

勿論、そんなことはどうでもいい。重要なのは、自分の仕事をやり遂げる為に必要な時間が、ここは確保できる確信があるから平は通っている。有難いことに床屋の亭主は無口だ。

 

いつもシャンプーをしてくれる奥さんが休みだと言うので、亭主が代わりにしてくれる。

 

「 映画の撮影です 」と平の髪をタオルで拭きながら言う。

 

平は一瞬、話の意味が解らないが、それが奥さんの不在理由を意味するものだと気付く。確かに奥さんは、マリリンモンローみたいな服装とサングラスをして店内に必ずいる。

 

「 地底人役らしいです 」と床屋の亭主は言う。

 

「 地底人? 」

 

「 地底人が手当たり次第に、ミサイルを打ち上げるんです 」と床屋の亭主は言う。今まで何年も通っているが、こんなに話したことはない。2人の間しか知らない秘密を知った様で、仕事前だというのに平は嬉しくなる。

 

髪を整えた後、店を出ると同時にBMWが店の前に停まる。ドアを開けると助手席には、ジャックダニエルとストッキングが無造作に置かれている。平は、それらを後ろ席に置き、助手席に座る。車内はThe Whoの『 Who are you? 』が流れている。

 

《 俺は地下鉄に乗って街を出たよ
ローリング・ピンに戻ったんだ
俺はなんだか死にかけたピエロみたいな気がしたぜ
名犬リンチンチンみたいな犬を連れた

俺はぐんと後ろにそっくり返りしゃっくりをした
で 自分の忙しい一日を振り返ってみたんだ
ティン・パンでの11時間労働

他に道はないのかよ 》

 

運転席に座っている南は、ハンドルを叩きながらリズムをとっている。

 

ジャックダニエルにウィスキーの造り方を教えたのは黒人の奴隷だったことは知ってるかな? 」と平は訊ねる。

 

「 知らないし、興味もないわ。だって、あなただって中身をすり替えられたら、それがジャックダニエルって解る? 」と南は言う。

 

「 それぐらい解るよ。ジャックダニエルは、どう転んでもジャックダニエルだよ 」と平は心外だとばかりに応える。

 

「 真実は見た目が全てなのよ。中身で判断できる程、私達が優れていると思う? 」と南は言う。

 

The Whoは《 お前は誰だ? 》と繰り返す。

 

平も南も、自分が何者か解っている。それに、恥じらいも、後ろめたさもない。何者にもなれなかった2人が選んだ道だった。