素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 寝言 』

 

妥協。それこそが夫婦円満の秘訣であり、家族が家族で在り続けられる最大の防御だと、私は想う。

 

洗濯干しのやり方、衣服類のたたみ方、クローゼットやタンスの収納の仕方、部屋掃除のペース、トイレットペーパーのストックの数、食器の趣味、玄関に置く靴の数、テレビチャンネルの主導権、週末の予定。

 

これがなければ、どこかの国みたく無駄な争いが起きて血を流すことになる。勿論、私は血なんか流したくないし、穏やかに暮らせることを強く望んでいる。

 

慣れるまでには少し時間がかかる。私と同じ人間なんているはずがないのだから、同じ考え方や感覚で人生を共にできるはずがないのだ。

 

しかし、妥協には限界がある。それが妻の寝言だ。

 

私がリビングで映画『 オデッセイ 』のDVDを観ていると高校3年生の長男が「 また始まったよ 」と2階を指差しながらぼやく。

 

私と長男は階段を一段一段静かに上がり寝室の前に止まる。妻が北島三郎の『 まつり 』を大声で歌っている。

 

男は祭りで そうさ
男を みがくんだ
山の神 海の神
いのちを本当に ありがとう
船に五色の 旗をたて
海の男が 風を切る
祭りだ 祭りだ 祭りだ 大漁祭り
見ろよ真っ赤な 陽が昇る
倅一番 船をこげ

 

「 父さん、1度病院に診てもらった方がいいよ。今日で何日目? 」

 

「 59日 」と私は言う。

 

妻の寝言は59日間絶えず続いている。初めは面白がっていたものの最近では恐怖すら感じる。下手な怪談話よりずっと恐い。外国で寝たままプロレス技をかけて殺してしまった例もある。眠りの中で妻に何が起きているのだろうか。

 

朝、起きると食卓にはバランスの摂れた朝食が彩りよく並んでいる。エプロンを外しながら「 おはよう 」と妻は言う。顔を洗い歯を磨きながら、鏡に映る私に私は尋ねる。「 妻を病院に連れていくべきか? 」妻は驚くだろうし、場合によっては拒否するかもしれない。私達が築き上げてきた妥協が崩れていくかもしれない。「 1回だけでいい。それ以上は調べなくていいから 」と私は妻に妥協案を出すことすら出来ずに60日目の朝を迎えてしまった。

 

「 あなた、絶対にお風呂場の扉を開けないで。開けてしまうと私達は、もう家族ではいられなくなってしまうのよ。いい?絶対に開けないで 」と悲鳴に近い寝言を妻を言った。

 

「 どう思う? 」と私は長男に言う。

 

「 今までの寝言と違う感じだね。寝言と言うより叫びみたいだけど 」と長男は言う。

 

「 お風呂に何があるんだろう 」と私が言うと長男が私の腕を掴んで「 確かめない方がいいよ。2人の為に 」と私に言う。「 2人の為? 」その質問には答えず「 明日、試験だから早く寝る 」と部屋に戻っていく。

 

61日目の朝、私は朝食を食べながら「 1回だけでいい、それ以上は調べなくていいから 」と妥協案を出した。「 そう、私ずっと寝言を言っていたのね 」と妻は言う。私は頷く。「 子どもの為にもっと早く行くべきだったのかもしれないわね。隠し通すことなんて、やっぱり無理ね 」と妻は言う。「 何でそれが子どもの為になるんだ? 」と私は言う。「 あなた、覚えてないの?あなたこそ病院に診てもらうべきだわ 」と妻は言う。 

 

広告を非表示にする