素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 きっと、僕の名を呼んでいる 』

 

真夏のアスファルトに腰を下ろす。バーベキューの鉄板の上で焼かれているんじゃないかと錯覚するくらい尻が熱い。額から流れる汗を土の匂いが染みついたタオルで拭う。長靴を脱いで水筒に入った麦茶をコップを使わず流し込む。遠くでウグイスの鳴き声がする。それで少しホッとし、安堵と溜め息が混じった声が出る。

 

「 溜め息を一つする度に、一つ幸せが逃げる 」と僕の隣に来たカエルが言う。

 

「 こんな暑さじゃ、溜め息の一つや二つは出てしまうよ 」と呆れながら僕は言う。

 

「 暑くしたのは誰だろう? 」とカエルは言う。この会話のやり取りは何度目だろう。僕は選手宣誓をするポーズをして、私たち人間です!と叫ぶ。

 

父親が他界して5年が経つ。父親は母親と一緒に農業をして生計を立てていた。母親が一緒に暮らして手伝ってくれたら助かるわ、と泣きついてきた。三人兄弟の末っ子の僕は小さい頃から母親と仲が良かった。僕自身、薬品会社の営業をしていたが、特に一生続けたいと思う仕事ではなかった。これを機会に新しい人生をスタートさせる、そんな淡い期待は、朝から晩まで馬車馬の様に働く母親を間近で見て打ち砕かれた。

 

「 頼みがある 」とカエルは言う。何か頼みごとがある度に僕の休憩時間に現れる。

 

「 雨を降らす事以外なら 」と僕は言う。軽くなった水筒の蓋を開けて中身を見る。もうそろそろ一回り大きな水筒にしようかな、と誰に言うでもなく呟く。

 

「 仲間が子ども達に、爆竹を口から詰められて死んでしまった 」とカエルは少し早口気味に話す。そう話さないと怒りを抑えきれない様な話し方だ。

 

「 夏休みになって余計に酷くなった。今の大人は、それを観ても何も注意しない。辞めなさい、と一言は言う。でも後は何もなかったかの様にスマートフォンに視線を戻す。その内、子どもが人を殺しても同じ様な事が起きる。人間は、命に興味を持たなくなった。当たり前に暮らせることを何とも思っていない。眠ったら、明日が必ずくると思ってる 」とカエルは言う。

 

「 その考えはどうだろうな。最近起きた地震で、誰もが命に興味を持たなくなったとは、言い切れないんじゃないかな? 」と僕は言う。

 

カエルはしばらく黙り「 ムキになって鼻の穴を膨らませるのは父親そっくりだ。爆竹の件、則竹の信号機の近くで集まる子ども達だ。頼む 」とカエルは言いぴょんぴょん跳ねて草むらに入っていく。

 

僕は父親の事を考える。少年野球チームの監督をやる人がいなくて渋々引き受けた父親は、腰を悪くしても何年もやり続けた。僕たち兄弟とは、たったの一度もキャッチボールすらしたことなかったのに。父親もカエルと話せたんだな、と妙な気分になる。嬉しいような馬鹿げてるような。

 

僕は尻を叩き砂を落とす。年季の入った軽トラックに乗って則竹の信号機の近くのコンビニに停める。20分待ったがそれらしい子ども達は通らない。そりゃあそうだ、こんな暑い日に子ども達だって外で遊ばないだろうな、と僕は思う。コンビニでアイスを買って軽トラックの中で食べてると、小学生の男の子3人組が笑いながら通り過ぎる。

 

「 あの子ども達だ 」といつの間にか助手席に座ってるカエルが言う。

 

軽トラックから降りて、子ども達に声をかける。「 君たち最近、カエルに爆竹を入れて遊んでるよね? 」と僕が言うと子ども達は無表情で口をぽかんと開ける。

 

「 だったら? 」と男の子の1人が言う。

 

「 だったら?って。そんなことしたらカエルがかわいそうじゃないか? 」と僕は言う。

 

「 死んじゃうんだから、かわいそうも何もないよ 」と違う男の子が言う。

 

「 そういう問題じゃないだろう 」と僕は呆れながら言う。

 

「 大人の方がもっと酷いことするって知ってるよ。僕の友達がお父さんは仕事を休めずに頭がおかしくなって死んじゃったんだって 」と違う男の子が言う。何も言い返せず僕の右手のアイスは、いつの間にか溶けてなくなっていた。

 

「 ごめん 」と僕は助手席のカエルに言う。カエルは黙ったまま喉を鳴らしている。家に帰ると母親が、昼はそうめんでいい?と洗濯物を干しながら笑っている。

 

「 僕がカエルと話せた事があるって言ったら信じる? 」

 

母親は「 お父さんもそんな事言ってたことあるわよ。いつの間にか話せなくなったんだって 」と親子は似るわねぇと言う。

 

作業着と靴下を脱いで、うちわを扇ぎながら縁側に寝そべる。風鈴が微かな風に頼りなく揺れて小さな音をたてる。それは僕の名前を呼んでる音に聴こえる。やがてその音は蝉の鳴き声に掻き消されていく。