素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 ナチュラル・カット 』

 

床屋は無口に限る。

 

職業は何か?結婚しているのか?子どもは何人いるか?いるなら何歳か?男の子か女の子か?出身は何処か?休みの日は何をしているか?趣味は何か?

 

「 佐藤さんは趣味ってあります? 」と本気で知りたくないであろうに、会話のキャッチボールが始まる。

 

「 映画が好きです 」と僕は言う。

 

「 俺、ブラッドビッドが好きです。ファイトクラブなんて最高ですよねぇ 」

 

「 ブラッドピット 」と僕は言う。

 

「 えっ? 」

 

「 ブラッドビッドじゃない。ブラッドピット 」

 

「 あぁ、名前って難しいっすよねぇ。佐藤さん誰が好きなんですか? 」

 

「 イーサンホーク 」と僕は言う。

 

「 食べ物みたいな名前っすねぇ 」と相手は感心する。

 

それから僕はイーサンホークの映画を観る度に彼を思い出し胸やけがする。

 

自分が気持ち良ければ、相手も気持ち良いと思うのは幻想だ。相手に興味を持てば心が通じ合える、これも幻想だ。

 

何で初対面の人間に自分の事を話さないといけない?

 

こんな事を言うと、あなたは「 なんて淋しい人なんだろう? 」と思うかもしれない。

 

ほっといてほしい。そんなこと僕の勝手じゃないか。どう生きようが僕の勝手じゃないか。

 

だから、床屋は無口に限る。

 

僕は無口な床屋に月に2日のペースで通っている。どこにでもあるような、何の変哲もない店構えの床屋。

 

その床屋は夫婦で経営している。店の亭主は、映画バーバーの主人公ビリーボブソーントンに雰囲気が似ている。あるいは意識しているのかもしれない。勿論、そんなことはどうでもいい。重要なのはそこじゃない。

 

奥さんはいつもサングラスをしていて、つばの広い白い帽子を被っている。目の前の鏡は自分を映す為に存在してるかの様に、時々マリリンモンローみたいなポーズをする。

 

僕はそれを観て吹き出しそうになるが、ぐっと堪える。この夫婦の無口が護られているならば、それも良しとしなければならない。

 

あなたが客として来ても「 いらっしゃいませ 」も「 こんにちは 」もない。

 

「 どうぞ 」と亭主は椅子を軽く叩く。あなたは静かに座る。

 

「 ナチュラルカットですね? 」と亭主は言う。

 

あなたはやはり静かに頷く。何故ならこの床屋はナチュラルカットしかないから。

 

「 ナチュラルカット? 」確かに僕も父親に勧められて来たものの、初めて来た日は意味が分からなかった。

 

「 皮付きのポテトをイメージして下さい 」と亭主は鏡越しに僕の問いに答えた。

 

「 自然な感じに仕上げてくれるってことですか? 」と僕は言った。

 

「 皮付きポテトです 」と亭主は言った。僕は諦めた。ロボトミー手術をされるんじゃないかと不安だったが、仕上がりはなかなかの出来だった。

 

あなたも不安がることはない。「 ナチュラルカット 」は皮付きポテトなんだと思えばいい。熱した油を頭にかけられるわけじゃない。安心してくれていい。

 

奥さんがシャンプーをしてくれる。水はペットボトルに入ったミネラルウォーターを使う。

 

「 ジャガイモを洗う時は、ミネラルウォーターを使うのよ 」と頭を揉みながらセクシーな声であなたの耳元で囁く。

 

僕は推測する。

 

この無口な床屋の夫婦は、ジャガイモが好きで毎食テーブルの上には、フライドポテトが並んでるかもしれない。

 

そして僕は、そのテーブルの席に僕とあなたが招待されることを想像する。

 

山盛りの皮付きポテトがテーブルに広げられている。それは皿の上にはない。テーブルの上に広げられている。

 

「 どうぞ 」と亭主は言う。

 

「 ミネラルウォーターが肝心なの 」とセクシーな声で奥さんは囁く。

 

「 ナチュラルカットですね? 」と僕とあなたは夫婦に尋ねる。

 

無口な床屋の夫婦は頷き「 どうぞ 」と声を揃えて言う。

 

僕達は無言で目の前の皮付きポテトを食べる。本当に伝えたいことは、言葉なんかで収まりきれない。僕達は言葉を発さず多くを語り合う。