素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 コロニー 』1


「 ごめんね。私たちは希望の他には何も持ち合わせていないの 」と真由美は言った。

人間は人間を救えない。
痛みを分かち合ったり、欠点を補ったりすることはできたとしても、人間が人間を救うことなどできない。その事実を分かっていても、私は真由美の言葉に何度も励まされ、今日まで生きてこられた。それと同時に私はこの言葉に苦しめられている。

今から2年前、病院のベッドの上で私は目を覚ました。私はその時のことをはっきり覚えている。息子が仮面ライダーの歌を歌っていた。息子は1番しか知らない筈だったが、2番も覚えていた。それが嬉しかったのか妻が「 啓太凄いね! 」と喜んでいた。私の母親がその歌に手拍子を合わせてはしゃいでいた。気付いたら私も手拍子をしていた。目を開けた時、妻はベッドに捕まり泣いていた。母親は「 先生、先生、先生、」と何度も叫び、啓太は「 仮面ライダーがお父さんを助けてくれたぁ!さすがヒーローだぁ 」と私に抱きついてきた。

私は1年5ヶ月の間ずっと眠り続けていた。「 遷延性意識障害 」と医師が教えてくれた。軽井沢のスキー場に友人の隼人と向かう途中、私たちの車に気付かず車線変更した深夜バスは、私たちの車をガードレールに押し潰しながら横転した。深夜バスの運転手は決められたルートを走らず通り慣れていない道で運転していた。「 ガソリン代が節約できるから 」とその運転手は言った。その会社を調べると無理なシフトを組み、時には長距離を運転したことのない人間を一日限りで雇っていた。深夜バスに乗っていた13人の方が亡くなり、私と隼人は一命をとりとめたが2人とも重体だった。「 隼人は何号室にいますか? 」と私は訊ねた。医師は「 松嶋さんが眠っている間、違う病院に移りました 」と言った。


「 地上の暮らしで覚えているのは、母親と参拝する神社の横にあった藤棚だけなんだ。それだけは鮮明に覚えている。藤棚の下で上を見上げると空の色と混ざり合う。どこか遠い国に迷いこんだ錯覚に襲われる。気づくと母親が俺の手を握っている。なぁ、春がこないって寂しいよな 」とハヤトは言う。