素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 モダン・アート 』9

  携帯電話の着信で目を覚ました。時間を観たらいつも起きている時間を過ぎていて、もう10時になろうとしていた。アラームを気付かないうちに消していたんだろうか。風邪をひいたのか頭がひどく痛んだ。「 真下です、久しぶり 」と明るい声が電話ごしに聞こえてきた。本当は昨日中にかけ直すべきだったんだけど、と真下は言った。僕は驚いてパイプベッドに足をぶつけてしまった。僕からの電話を真下は喜んでくれていた。僕が覚えていない2人の思い出を真下はまるで映画のワンシーンの様に丁寧に話してくれた。自分が置かれたこの状況を一瞬忘れてしまう話し方だった。彼なら本当に素敵な映画を作るだろうなと思った。

「 明日の12時にはそっちに行けると思う 」と真下は言った。え?と間抜けな声が思わず出てしまった。「 23号線沿いのスシローでいいよね? 」と真下は言った。僕は一言も彼には言っていない。「 いいかい?彼らが出す食事や飲み物に手をつけてはいけないよ。調子が悪いフリをして断るんだ 」と真下は言った。「 ちょっと待って。真下は何か知っているの? 」と僕は尋ねた。「 正確に言うと僕が知っているわけじゃない。昨日、電話をとった男性がいたでしょ?その子に教えてもらったんだ 」と真下は言った。彼が何を言ってるのか、さっぱり分からなかった。那須や真下だけがあらすじを知っていて僕だけが何も知らずにいた。相変わらず僕抜きで世界は回っている。「 ねぇ、真下は今どこにいるの? 」と僕は言った。「 図書館だよ 」と真下は言った。「 どこの? 」と真下は言った。「 詳しいことは会ってから話すよ。とにかく調子が悪いフリをするんだ 」と真下は言い電話を切った。

  僕は体調が悪いから今日の食事は大丈夫だ、と那須に言った。那須は黙って頷いて風邪薬を渡してくれた。僕はその風邪薬を部屋に持ち帰りパイプベッドの上に置いた。真下は「 彼らが出す食事や飲み物に手をつけてはいけないよ 」と言った。僕は風邪薬を箱から出して掌の上で眺めてみた。何の変哲もない、どこの薬局にでも売っているカプセル型の風邪薬だった。横になり寝ようと思ったが頭痛はますますひどくなっていた。僕は堪らずその風邪薬を水を使わず飲み込んだ。横になっていると誰かが部屋のドアをノックしてきた。始めは小さな音でコンコン、コンコンと鳴っていた。僕は鍵は開いています、と声を出そうとしたが酔っ払いの様に呂律が回らない。次第にノックの音は大きくなっていった。ドンドン、ドンドン、と部屋中に響き出した。鍵は開いてるんです、と何度も僕は訴えた。那須はどこにいるんだろう?何故、彼は止めないんだろう?

  いつの間にか眠っていて夢の中の西嶋の部屋にいた。「 だいぶうなされていましたが大丈夫ですか? 」と西嶋は言った。僕は夢の中でも眠っていたらしい。布団の上で下着まで汗をびっしょりかいていた。額の上には冷えたタオルがのっていて近くに氷水が入った洗面器が置いてあった。部屋は閉めきられていて障子からもれた淡い光が舞っている埃をきらきらさせて西嶋には影を落としていた。いつもの真夏の日差しや風鈴の音や蝉の鳴き声は聞こえなかった。「 西嶋さんのおかげで何とか出て行けそうです 」と僕は言った。西嶋は頷いて良かったですね、と言った。「 残念ながらあなたの点描画は完成していません 」「 僕にも描けるようになれますかね? 」「 なれますよ。そんなに難しく考えなくても誰でも描けるんです 」と西嶋は言った。最後に縁側で話がしたいと僕は言った。西嶋は首を横にふり、もうそれらは失われたんです。もう、あなたは昨夜来られた、あなたじゃない 」と西嶋は寂しそうに言った。「 僕が友人の代わりに、あの店を出て行くからですか? 」と僕は言った。西嶋はそれには答えず、さようなら、と僕に言った。僕は、今まで上手にさようならを繰り返して生きてきたつもりでいた。それは間違いだった。西嶋にさようならを言われるまで気付かなかった。僕は心から誰かに必要とされたかったんだと思い知った。そして、僕は心から誰かを必要としたことがなかった。

 予定より5分早く真下は店にやってきた。何年も会っていないのに昨日まで一緒だったような優しい笑みをしていた。真下と一緒にカウンターに座ると「 あとで行くから家で待っていてくれないかな 」と真下は言った。僕は何かを言おうとしたが上手く言葉にできなかった。僕はただ頷いて真下に手を振り店を出た。車に向かって歩いている間、僕は何度も振り返った。真下は友人を上手く呼べるだろうか、それとも違う方法があるのだろうか。僕は車に乗ってシートベルトを締めた。エンジンをかけた時ラジオから、使い古されたメロディーにのせて、誰にでも思い付くような歌詞で、罪のない可愛らしい女性の歌が流れた。僕はそういう歌がずっと嫌いだった。ハンドルを握ると涙が流れたきた。僕はどこに行けばいいのだろう。その歌にさえすがりつくようにハンドルを握り続けていた。

 

「 君達の組織は解散したった聞いたけど 」と真下は言った。

「 どこかのアイドルグループじゃないんだよ 」と那須は言った。

「 前の組織のリーダーの名前を使ってるなんて卑怯か、あるいは、よっぽど人が集まらないか、どっちかじゃないんですか?」と真下は言った。

 前より人数は多くなっているんだよ、とカウンターに人差し指でトントン鳴らせながら吐き捨てるように那須は言った。「 なぁ、なんであんたは俺たちの組織を知っている? 」

 少し前に本物の那須さんには会ったことがあるんですよ、と真下は言った。「 知っていますか?アフリカに未だに木材で飛行機や司令塔を造り続けている部族がいるんです。その飛行機はエンジンもないから飛べないんです。それでも造り続けてるんです。どうしてだと思います? 」

 那須は興味のなさそうに首を横に振った。「 第二次世界大戦の時、彼らは本物の飛行機や司令塔を造っていました。当時はその報酬として食料や物資が彼らに分け与えられました。でも戦争は終わりました。それでも彼らは造り続けているんです。前と同じ様に造り続けていれば食料や物資が届くと信じているんです 」と真下は言った。

「 何が言いたい? 」と那須は言った。

「 君達はやり方を間違えているんだ。時代は変わったんだ。人間が人間を造り変えるのは許されることじゃない 」と真下は言った。

「 なぁ、あんただって、この世界にとってはタダの歯車にすぎないんだよ 」と那須は言った。

「 もちろん、知ってるよ 」と真下は言った。

 那須は2人の前にある回転寿司のレールに拳銃をのせてコンベアを回した。

 「 目に見えているものだけが全てじゃないんだよ 」と那須は言った。

 「 それも知ってるよ。ただその前に目に見えてるものを大切にするべきなんだよ 」と真下は言った。

 ほどなくして2人の前に拳銃をのせたコンベアが止まり、銃声の音だけが店内に鳴り響いた。