素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 モダン・アート 』5

  僕は携帯電話に登録してある連絡先の電話番号をあ行から順番に観ていった。どの名前も遠い歴史人物の名前の様に思えた。それぞれの名前を観ても顔や声を思い出すことはできなかった。多分、彼らに一度は話したり触れ合ったり時にはぶつかり合ったりしたことがあったんだろう。せめて教科書にでも載っていたら思い出すことができたのに。僕より僕の携帯電話の方が彼らに詳しい。僕は彼らより携帯電話と友人になるべきだったかもしれない。

フェイスブックはやってないんですか? 」と那須は言った。

「 やっていません。なんだか面倒で。人の日常に興味もないし自分の事をさらけ出してまだ繋がりを持ちたくないんです 」と僕は言った。
 
「 少なくとも今みたいな状況では役に立つ 」と那須は言った。

「 それじゃあ友人を利用するみたいじゃないですか? 」と僕は言った。

「 利用したりされたりして俺たちは生きているんです。大抵の人間は気付いていないフリをして暮らしている。そして人間は共感したり共感されたい生き物です。そうする事で自分の存在意義を感じたいんです。安心したいんです。それは決して悪いことじゃないんです 」と那須は言った。

  存在意義。僕の存在意義。僕は今まで誰の為に生きてきたのだろう。これからだって誰の為に生きていくんだろうか。そう考えると僕の存在意義なんて無いように感じた。

  那須は被っていた帽子を回転寿司のレールの上に乗せてコンベアを回した。その帽子は僕の前を通り過ぎ一周してから僕の前で止まった。存在意義があれば、どこを回ろうがまた同じ場所に戻ってこれると那須は言った。

  結局、僕はその日誰にも電話することができなかった。那須が店内の奥にある仮眠室に案内してくれた。簡単なパイプベッドの上に枕と毛布が置いてあった。着替えも揃えてありシャワールームも別室にあった。

 「 好きな時間に起きて好きな時間に寝て下さい 」と那須は言った。

「 閉じ込めらているのに好きなだけ寝ていいなんて不思議な感じだ 」と僕は言った。

  那須はそれについて何か言いかけたが、何も言わず仮眠室のドアを閉めた。鍵はかけられなかった。僕はベッドに潜り込み明かりを消して気絶するように眠った。

  夢の中で点描画を描く老人に出会った。身長は僕と同じ165センチくらいで、髪の毛は白髪混じりで所々がはねていた。色褪せた作務衣を着て眼鏡をかけていた。その老人は西嶋と名乗った。夢の中の人物に名前など必要ないかも知れませんがと西嶋は苦笑いしながら言った。

「 時間はとてもかかります。私の左眼は殆ど視力がありません。1度に3時間までしか描くことしか出来ません。それ以上もそれ以下もないです 」と西嶋は言った。

「 僕も描いてもらえますか? 」と僕は言った。

「 あなたは永く留まるつもりですか? 」と西嶋は言った。

「 とても時間がかかりそうです。時間なら残念ながら沢山あります 」と僕は言った。

くたびれた平屋の縁側に座りながら僕らは話した。庭は広くよく手入れされていて、向日葵が太陽に向かって真っ直ぐ咲いていた。木陰の下に黄色いフォルクスワーゲンが停まっていた。

「 絵はいつから描いているんですか? 」と僕は言った。

「 興味を持ち出したのは、小学校6年生の時です。夏休みの宿題で描いた絵が先生に褒められたのが嬉しかったんです。丁度、ここから観た向日葵を描いていました。点描画に興味を持ちだしたのはずっと後です。原因不明で左眼の視力がなくなっていた時です。私は絵を描くのを辞めようと思っていました。その時、点描画を描く友人に誘われ個展を観に行きました。戦時中の記憶を切り取り描かれていました。右腕がない兵士や銃を構えポーズを決めた兵士。中には吊るされた日本兵の首を描いたものもありました。彼自身もやはり左腕がありませんでした。私自身、左眼の視力を失いましたが、幸い両手はあります。好きな絵を描き続ける事が出来る。それから私は点描画を描き始めました。外見を描くより、相手の内面を描く方が大切だと想います。相手が何に心が震えるかを、何を大切にして今まで生きていたかを。それをこちら側が受け止める事ができれば、その作品はとても素敵なものになります 」と西嶋は微笑んだ。

「 時々、僕は自分自信が空っぽだと感じる時があります。今日だって自分の存在意義を感じられませんでした 」と僕は言った。

「 大丈夫です。それについてはゆっくり考えた方がいい。私はヒントは差し出すことはできますが答えは出すことは無理です 」と西嶋は言った。