素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 モダン・アート 』4

僕は湯呑みにお茶の粉を一杯分入れ、備え付けのお湯を注ぎ両手でゆっくりお茶を飲んだ。喉元を温かいお茶が通り過ぎる。「 本当はこんな時間を望んでいたんだ。美味しい寿司を食べて少しでも落ち着ける時間が欲しかったんだ 」と少し涙が出そうになった。

「 ガリですね。正真正銘のガリです 」と僕は言った。

ふぅ、と那須は深い溜息をついた。溜息をつきたいのはこっちの方だった。想像力が足りてないんだ、と那須は言った。見えてるものだけが全てじゃないんだとも言い、僕の目の前にもう一皿置いた。さっきと同じ様にシャリの上にガリがのっていた。

「 中トロです 」と那須は言った。今度は笑っていなかった。

「 馬鹿にしているんですか?僕は客ですよ?想像力?そんなものがここで何の役に立つと言うんですか?僕は普通の寿司を食べに来たんです。普通のえんがわや中トロを食べに来たんだ。ガリを食べに来たわけじゃない 」と僕は言った。客のいない店内に声が鳴り響いた。僕はまるで舞台稽古をしているみたいだな、と虚しくなった。「 ガリを食べに来たわけじゃない! 」こんな台詞がある舞台はどんなタイトルが似合うだろうか? 

「 お客さんの友達は、本当にお客さんの友達ですか? 」と那須は言った。

「 どう言う意味ですか? 」

「 言葉の通りです。さっき会ったお客さんの友達は、本当にあなたの友達ですか? 」と那須は言った。

「 当たり前じゃないですか。僕の名前も電話番号も知っていた。卒業アルバムでも確認したんだから 」と僕は言った。

「 何の違和感もなかったですか?外見や声。お客さんは名前や電話番号を知っていたと言う理由だけで、彼を友達と決めつけてませんか? 」と那須は言った。

  そう言えば武丸君がトイレに席を立ってから随分時間が経っていた。掌にじんわり嫌な汗をかいていた。今度は掌をゆっくり眺める余裕はなかった。

「 看板にスシローと書いてあるから、この店はスシローだと思っている。でも可笑しいと思いませんか?お客さんがあなたが以外、ただの一人もいない。なんでだと思いますか? 」と那須は言った。

  僕は首を横に振り、分からないと答えた。

「 この店は、お客さんがお客さんを連れて来るんです。そうしなければ、この店を出ることができない。あなたの友達は、友達と思われる人物は、この店から出る為にあなたを食事に誘ったんです 」と那須は言った。

「 まさか 」と僕は言った。そんなことが、そんな場所があるわけがない。僕は入り口まで急ぎ足で歩いてドアを開けようとしたがドアは押しても引いても開かなかった。待ち合い室にあるパイプ椅子を窓ガラスにぶつけてみたが鈍い音を立てただけでビクともしなかった。携帯電話で武丸君に電話してみたが「 この電話番号は現在使われておりません 」と告げられていた。僕はそのまま警察に電話をかけた。繋がったと思ったが天井スピーカーから僕の声が聞こえてきた。

「 武丸君は、この店を出るのに4ケ月と10日と8時間12分14秒かかりました。今まで来たお客さんの中ではまずまずのタイムです 」と那須は言った。

「 こんなことは間違っている 」と僕は叫びながら言った。こんなことが許されるわけがない。

「 正しさが全ての人間にとっての正しさではない。間違いが全ての人間にとっての間違いではない。一人一人の捉え方次第です。その人間が今までどう生きてきたか、どう生きていきたいかによって、それは正しいものにも間違いにもなる。俺がしていることを俺自身は1ミリも間違ってると思わない。あなたがどれだけ間違いを嘆いても何も変わらない。1ミリもあのドアは開かない。あなたが唯一できるのは携帯電話から友達を誘うことしかできないんですよ 」と那須は言った。

  僕は携帯電話を観た。僕が電話をかけれる友人は何人いるだろうかと考えた。食事を誘って来てくれる友人は何人いるだろうか。携帯電話が首を傾げている様に観える。傷つかない様に面倒事から避けてきた。僕は今までそうやって生きてきた。それが正しいか間違ってるか僕には分からない。