小説 番人 10
平日にキャンセルのお客さんが出たらしく連絡が入った。
僕は有給をとりレンタカーで『 みな和 』に向かった。
その日も、いつも通りお酒を呑み、食事を楽しんでいた。
温泉に入りゆっくり身体を休めるつもりだった。
天井スピーカーから流れている能の音声が徐々に大きくなっていた。
故障かな、と思った頃には耳を塞いでいても頭が痛くなる程の音量になっていた。
席を立ち外に出ようとした瞬間にプツンと音声が途切れた。
不意に誰かの視線を感じた。
その視線は能舞台のプロジェクターに映る能楽師達の視線だった。
彼らは棒立ちしたままで、僕を観ていた。
僕だけを観ていた。
能楽師達は、一斉に顔を傾け始めた。
顔は一回りして剥がれ、鈍い音を立てて地面に落ちた。
それを両手で拾いあげ胸の中心で止めていた。
眩暈を覚え机の上に手をつく。
それでも立っておれず、うずくまる様にして僕は倒れた。
誰かが僕の名前を呼んでいる。
水面に顔を押し付けられている様に上手く呼吸ができない。
最後には、その名前も僕のものかさえ怪しくなったまま気を失う。