小説 ルーザー 8 ー座敷童
少年は夕飯の材料を、母親に頼まれてスーパーに来ている。
人参、玉葱、じゃが芋、牛肉。
買い物カゴを持って、材料を入れていく。
今晩はカレーよと少年の母親は言った。
特に変わった具が入ってるわけでもないが、母親が作るカレーが少年は大好きだった。
少年の母親は言う。
「 よくカレーは時間をかけて煮込むと美味しいと言うけど、私は違うと思うな 」
「 高い材料で作ったら、美味しいじゃないのかな? 」と少年は言う。
「 それもあるけどね、今、食べたい!って思った時が1番美味しいのよ、カレーは。時間じゃなくて、タイミングなの 」
それにね、と少年の母親は続ける。
「 カレーは幸福の匂いがするのよ 」
「 幸福の匂い? 」と少年は聞く。
少年には検討もつかない。
「 夕飯時、学校や仕事の帰り道を歩いているとお家から、カレーの匂いがするの。その匂いで急にお腹が減るのよ 」
「 うわぁ、カレーが食べたいなぁ、と思うと同時に、家族にカレーを食べさせてあげたいなぁ、って思うのよ。その匂いは想像できるの、帰ってくる人の為に、料理を作っている人の姿が。他の料理にはないものよね、きっと 」
少年は、母親が言っていた言葉や表情を思い出し、レジの会計時に笑ってしまう。
店員さんに茶化されて、また笑ってしまう。
こう言うのも『 幸福の匂い 』のしわざなのかな、と少年は想う。
スーパーで夕飯の材料を買った帰り道、歩道橋を哀しそうに見ている男の子がいた。
「 こんにちは 」
と少年は男の子に話しかける。
「 え?君は僕が見れるの? 」
と男の子は驚く。
少年は驚きもせず、うん、見れるよ、と言った
「 そっか、実は困った事があるんだ 」
と男の子は言った。
「 僕でよければ、力になれる事は何でもするよ、その為にこの能力があるから 」
と少年は言った。
歩道橋を指差して、男の子は言った。
「 あの歩道橋の上から学校の先生に押されて、僕は死んだんだ 」と男の子は言った。
「 うん 」と少年は言った。
「 僕の父ちゃんは、僕が自殺したと思っている 」
「 父ちゃんは、死んだのは自分のせいだと思っている。それは違うんだと言う事を父ちゃんに伝えたいんだ 」
と男の子は言った。
大丈夫、伝えるよと少年は言った。
「 兄ちゃんの名前は? 」
「 田野 実だよ 」と男の子は言った。