素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説

小説 あなたと夜と音楽と 36

「 後ろは振り向かない方がいいですよ 」と男は言った。 「 私はいつでも、あなたの心を殺せる。よくこの場所が解りましたね。普通の人間は入り込めないはずですよね 」 僕は急に寒気を感じる。男がすぐ後ろにいるのだ。 後ろを振り向かない訳にはいかないと…

小説 あなたと夜と音楽と 35

やがてピアノトリオの演奏が始まる。 僕はジャズの歴史を創った現場に今いる。 ただ他の観客はまだ気付かない。 拍手もまばらで、恋人達は演奏より話で盛り上がってる。 『 My Foolish Heart 』は僕の心臓をそっと包み込む。 息が出来なくなり、不意に涙が零…

小説 あなたと夜と音楽と 34

僕は、ヴィレッジヴァンガードの真っ赤なドアを開いた。 細長い階段が地下に続いてる。 彼等は誰の演奏を聴きに来たのだろう。席はまばらに埋まっているが彼等の姿が見当たらない。 急に酷い空腹を感じる。 最後に食事をしたのはいつだったろう。 店員にビー…

小説 あなたと夜と音楽と 33

「 なんだか運転手さんが、ジャズミュージシャンみたいな話し方ですね 」と僕は運転手に尋ねた。 今は休んでるんだと運転手は言う。 「 今はやりにくい時期なんだ。そういう時は流れるが収まるまで休んだ方が良い。あんたが会ったソニー・ロリンズもしばらく…

小説 あなたと夜と音楽と 32

「 日本人は、我々のジャズに敬意を示してくれてる 」と運転手は言った。 「 恐らく、ジャズに触れる事で、我々の文化や歴史を共有できると想ってるのだろう。ライブ中は、いささか礼儀正し過ぎるが、日本人は好きだよ 」 チェット・ベイカーが『 THAT OLD F…

小説 あなたと夜と音楽と 24

「 カギなら開けたよ。アンタのタイミングで入りな 」 「 どこでもドアみたいなものかな? 」 もう返事はなかった。面白いと思ったのに。 ドアを開けると、そこはエレベーターの中だった。 ボタンがデタラメに並んでいる。3、27、28、39、58、73…

小説 あなたと夜と音楽と 23

「 これ以上は関わらない方がいい 」 ドアの向こう側で声がした。 注意深く聴かないと聞こえない、とても小さな声だった。 「 アンタは充分頑張ったよ。でも、相手が悪過ぎる。引き返した方がいい。ドアを開けたらアンタは二度と戻って来れない。同じドアを…

小説 あなたと夜と音楽と 22

ジェリー・マリガンは言った。 「 小説を書き続けるんだよ 」と。 駄目なんだよ、私には書くべき事がもう何ひとつないんだ。何も書けないんだ。 その言葉を遮りジェリー・マリガンは続ける。 「 一日も休んではいけない。書き続けるんだよ 」と。 私はレコー…

小説 あなたと夜と音楽と 21

レコードを聴いてる間、何かが引っかかった。 とても重要な事を思い出せずいた。セロニアス・モンクは「 ジャズ喫茶で煙草を吸えないなんて馬鹿げてると思わないか? 」と私に言っていた。 地面一杯にたまった吸い殻。やがてそれらは無数の手に変わった。 無…

小説 あなたと夜と音楽と 20

誰一人、私を訪ねてくる人はいなかった。私は中古レコード屋に行くのをやめた。 ジャズ喫茶にも近寄らなかった。季節は変わり続け、私抜きで世界は周り続けていった。 小説を書き終えてから1年が経とうとしていた。あれ依頼、何も書けなくなってしまった。 …

小説 あなたと夜と音楽と 19

私は自分自身を赦す為に、小説を書き続けた。 ジェリー・マリガンが言った様に毎日。 私と世界が繋ぎ止めていられる、妻を忘れられずにいられる唯一の方法だった。 毎晩、あのバス停の夢をみた。 不思議と恐怖は薄らいでいった。 誰にも許されないとしても、…

小説 あなたと夜と音楽と 18

私はどうしたらいいんだろう?とジェリー・マリガンに尋ねる。 彼は首を横に振り答える。 「 キミは無意識の内に、奥さんとの思い出を辿ってる、辿ろうとしてる。それは分かるかい? 」 はい、そうだと思います、と私は言う。 「 少しずつ紐解いてくしかない…

小説 あなたと夜と音楽と 17

彼は私のイメージ通りだった。 ブルーの瞳と金髪のクルーカット。そして巨大なバリトン・サックスを抱えていた。 音楽でしか触れた事がなかった1960年代が、カリフォルニアが彼一人から溢れていた。 「 残念だけど、もう戻れないんだ 」とジェリー・マリ…

小説 あなたと夜と音楽と 16

ジェリー・マリガンの「 WHAT IS THERE TO SAY? 」のレコードに針を落とす。 キッチンのカウンターに座り目を閉じる。 ふいに涙が零れる。 私は誰の為に泣いているんだろう。 妻は出て行ったのではなかった。 ドアを開けたのは私自身だった。 妻は私を引き…

小説 あなたと夜と音楽と 15

ここはどこなんだ?何故、君は出て行ってしまったんだ? 妻は笑っている。 「 あなたは、もう二度とそこから動けない。それを誰も許してくれないの 」 目を覚ましたら部屋の中は真っ暗だった。 今何時だろう? 酷く汗をかいてる。台所でミネラルウォーターを…

小説 あなたと夜と音楽と 14

セロニアス・モンクに出会ったその日の夜、私は奇妙な夢を観る。 私はバス停にいる。 誰かを待っている。幾つかのバスが私の前に止まり通り過ぎて行く。 私はしびれを切らし、そのバス停から離れようとする。 でも動けない。 足元を観ると幾つもの手が私の足…

小説 あなたと夜と音楽と 13

「 私が妻とこの店に? 」 「 そうだよ。アンタの奥さんの仕事場がこの店の近くにある。仕事帰りに二人で来ていた。アンタは、カレーとホットコーヒーを、奥さんはタコライスとビールを注文していた 」 頭が痛くなり耳鳴りがしてきた。私は何も思い出させず…

小説 あなたと夜と音楽と 12

男は私の方を振り向く。 「 可笑しいな。何故、私はジャズミュージシャンばかりに出会うのだろう? 」とアンタは想うんだろう? 彼は笑いながら話す。 「 数日前にエレベーターで、ソニー・ロリンズにも会いました 」 と私は言う。 「 知ってるよ、それも。…

小説 あなたと夜と音楽と 11

いつの間にか隣りに男が座っている。 「 ジャズ喫茶で煙草を吸えないなんて、馬鹿げてると思わないか? 」 と男は言う。 「 私は、煙草を吸わないので特に気にならないんです 」 私は間抜けな意見を述べる。そんな事どうでもいいじゃないか。 「 アンタの奥…

小説 あなたと夜と音楽と 10

セロニアス・モンクの『5BY MONK BY5 』オリジナル版があった。 思わず笑ってしまう。 妻が出ていったのに中古レコード屋で笑ってるのは私ぐらいだろう。 近くのジャズ喫茶『 YURI 』に寄る。 入口から一番遠いカウンターの席に座る。カレーとホットコーヒ…

小説 あなたと夜と音楽と 9

妻が出ていってから一週間が過ぎた。 私の生活に変化はない。なんの不満も不備もなく穏やかな一週間だった。 私はそもそも結婚をしていたのか。 試しに友人に電話で聞いてみた。12年も一緒に過ごしてたらしい。 休日になる度に中古レコード屋に出かける。 …

小説 あなたと夜と音楽と 8

「 まだ、君は解らないんだよ。でも年を重ねれば解るようになる。世の中で大切な事は大体シンプルなんだ。大丈夫だよ。君がこの曲を好きになってくれた様に、解る時が来る。 」 私は目を開ける。 「 Americana 」が終わる。 そこで短い拍手が彼に贈られる。 …

小説 あなたと夜と音楽と 7

「 聴いてくれる人がいるから、あなたは弾くことができるんですよ? 」私は呆れながら問いかける。そんな事、考えれば分かることだろう、と私は想う。「 誰も頼んでない。僕はピアノが好きで弾いてるだけなんだよ。とってもシンプルなんだ。わざわざ人の評価…

小説 あなたと夜と音楽と 6

私は二杯目のコーヒーを飲みながら、キース・ジャレットのレコード『 Dark Intervals 』をターテーブルにセットして、ソファーに横になる。 3曲目「 Americana 」が特に気に入っている。 目を閉じて聴いてると、果てしなく広がる雪原の大地が浮かぶ。 そこ…

小説 あなたと夜と音楽と 5

遅かれ早かれこうなっていただろう。一緒に食事をしたのいつだったか上手く思い出せない。 妻は私と会話をしていたのではなく壁に話しかけていた。その度に自分が透明になってしまった感覚に襲われた。 夜勤明け仕事から帰ってくると妻は出ていってしまった…

小説 あなたと夜と音楽と 4

男はその力を使う事によって、自分の心を殺していくことになる。 本人は気付かない。時間の感覚が可笑しくなる。思い出が消えてしまう。自分が今まで何をしてきて、どこから来たのか判らなくなる。 でもそれは仕方ない、男が人々にしてきたことだ。 まず男は…

小説 あなたと夜と音楽と 3

「 結局、父親は身体を壊して働けなくなりました。寝てることが多くなり、私に汚い言葉を投げかける様になりました。私が寝てる時、枕を押し付けられて殺されそうになった事もありました。それでも、私は父親を憎んだ事はありません。父親を利用した彼等を憎…

小説 あなたと夜と音楽と 2

「 フォローありがとうございます。私もジャズが好きです。今、ジャズミュージシャンが出てくる小説を書いてます。 」 男とはツイッターで知り合う アカウント名は、那須 信也 スタン・ゲッツとセロニアス・モンクが好きらしくこの人とは気が合うと想うよう…

小説 あなたと夜と音楽と 1

暗い部屋で考える。なぜ僕らは繋がらなければならないのか。出会った事もない人達と、これから出会う筈もない人達と。世界は変わろうとしてるのかも知れない。いや、もう変わってしまったのだろう。冷蔵庫の唸り声が誰かの返事の様に聞こえた。ある人は芸能…

小説 その話はやめておこう 3

これは何を意味しているのだろう? 301号室の封筒かもしれない。 303号室の封筒かもしれない。 誰かが間違えて、ボクの部屋に入れたかもしれない。 いや、違うな。 ボクがこの封筒を捨てても、また違う色の封筒が届くだろう。 終わらせる必要がある。 毎日、…