素敵な図書館

毎週土曜、夜11時に僕、佐藤が自作小説をアップしていくブログです。コーヒー、あるいはお酒を飲みながら訪問していただけたら嬉しいです

小説『 コロニー 』7

「 まぁ、当たり前の結果だな 」とハヤトは言う。「 誰も自分の過去なんて思い出したくないのかしら? 」とマユミは言う。う〜んと唸り「 今が幸せなのに思い出す必要なんてないと思ってるんだよ 」とコウタは言う。「 それは言えてる。俺たちは単純に忘れたい思い出だから、思い出せないんだ。ずっと忘れていたいんだな。思い出したら、きっと不幸になる。そうやって神様はそっと教えてくれてるんじゃないか? 」とハヤトは言う。マユミはコウタを見て「 私は思い出したわ 」と言う。「 思い出す前と思い出した後、どちらが幸せ? 」とハヤトは言う。「 ねぇ、そんな単純なものじゃないのよ。ようは自分が何を大切にしてきたか、何を大切にしていきたいかなの 」とマユミは言う。「 悪いけど小学校三年生にでも判るような説明をしてくれないかな。難しくて俺にはよく解らない 」とハヤトは言う。「 過去があるから今がある 」とコウタは言う。「 だろうね。ところがどっこい、俺たちの殆どは過去を知らずにいる 」とハヤトは言う。「 でも僕たちは過去に生きてるわけじゃないんだ。過ぎ去っても思い出せなくても、それが大切だってことは、ずっと知っているんだ。ハヤトが藤棚の下で母親に手を握られていたことも、それは大切だって知ってるよね。そういうことなんだよ 」とコウタは言う。「 やっぱり、哲学者みたい 」と感心しながらマユミは言う。「 いや、みたいじゃなくてこいつは哲学者だったんだよ。きっと 」とハヤトは呆れながら言う。

小説『 コロニー 』6

『 安曇荘 』は高層ビルに挟まれる様に建っていた。二階建てのアパートは朽ち果ていて、外には洗濯機があり洗濯物が不幽霊の様に風でなびいていた。ポストは野晒しで設置しており、ペンキが剥げて錆びついていた。105号室の名前を確認したが書かれておらず諦めてドアをノックした。コン、コン、コン。3度ノックしたが返事はない。ほんの少しだけ私は安堵した。留守なら仕方ない、出直そう。心の中で自分に言い聞かせた。私はここまで来るのに2ヶ月もかかっていた。「 そうやってまた逃げるつもり? 」と妻の言葉が頭で何度も蘇り軽いめまいがした。空を見上げて深呼吸する。あと3回、あと3回だけノックしてみよう。コン、コン、コン。誰かが部屋の奥で咳払いをした気配がした。しばらく経って「 どなたですか? 」と女性の声がした。「 松嶋です 」と私は返事をした。「 帰っていただけませんか? 」と渇いた声がした。「 あなたに謝りたいことがあるんです 」「 あなたが生きてるだけで私は傷付いているんです 」と女性は言った。

友人の隼人をスキー旅行に誘ったのは私だった。隼人はスキーを1度もしたことがなく嫌がった。「 なんで雪の上を滑らなくちゃいけないんだよ。お前怪我したら責任とれるのかよ? 」と嫌がる隼人を無理に連れ出した。私は家にいるのが苦痛だった。妻とは子どもが産まれた後もぎこちない会話が続いた。子どもが産まれれば2人の絆は深まる。そんな淡い期待だけが宙ぶらりんになったまま私は日々を暮らしていた。そしてあの事故が起きた。私が彼を誘わなければ、彼は死なずにすんだのだ。ドア越しにいる女性と幸せな日々を過ごしていたに違いない。私が隼人を殺したようなものだった。「 謝りたいんです 」と私は言った。ドアに何かぶつけられた鈍い音がした。「 あなたが私達の事を忘れても、私は死ぬまで忘れない 」と女性は言った。

自宅に帰る道が永遠にたどり着かないと思えるくらい長く感じた。すれ違う人々が敵に思えてびくびくしながら歩いた。ドアを開けると妻が台所でエプロンを着けて夕飯の準備をしていた。「 今日はカレーよ。匂いで分かると思うけど 」と妻は言った。「 全然、気づかなかった 」と私は苦笑いをした。「 私の好きな小説でカレーは幸福の匂いがするって言う台詞が好きなのよ 」「 幸福の匂い?」「 夕飯時、学校や仕事の帰り道を歩いているとお家から、カレーの匂いがするの。その匂いで急にお腹が減るのよ。うわぁ、カレーが食べたいなぁ、と思うと同時に、家族にカレーを食べさせてあげたいなぁ、って思うのよ。その匂いは想像できるの、帰ってくる人の為に、料理を作っている人の姿が。他の料理にはないものよね、きっと 」と妻は言った。それに上手く応えることができずに「 どうしたらいいか、解らないんだ。何故、私だけ生き残ってしまったんだろう 」妻はエプロンを外して包丁を持ったまま私の目の前に立った。「 あなたが眠っている間、ずっと私と啓太とばぁちゃんで笑っていたの。互いに支え合おうって。そしたら、あなたがそれを観て目を覚ますんじゃないかって。嘘みたいでしょ?私があなたと結婚してから、こんなに笑ったことなんてなかったのに 」妻は私の手の甲を思いっきりつねる。堪らず私は、痛いと言った。「 いい?これは命令よ。あなたはずっと笑っていなさい。あなたが側で笑っているだけで私たちは幸せなの。今度またツマらないこと言ったら、私が殺すわよ 」と言い妻は笑った。

小説『 コロニー 』5

「 軽蔑したでしょ? 」と涙目でマユミは言う。コウタは首を横に振り「 ありがとう。正直に話をしてくれて。君だって思い出したくなかったことだろうし、それを僕に話してくれた勇気の方が凄い 」と言う。「 法律と神様を無視したのに? 」「 その時はそれでいいと思ったんだよね?荒野の七人だって君に味方してくれる。勿論、これからも僕は君の味方だよ 」とコウタは言う。「 信じられない 」とマユミは言う。「 僕が言ってることが? 」とコウタは言う。「 ううん。私はそれでも地上の世界に戻りたいと思ってることが。今のまま、このまま平和に毎日を過ごせれば、どれだけ幸せだろうと思うの。だけど地上の記憶を思い出した今、子ども達の元に戻らないといけないの。誰もあの子達を守れない 」とマユミは言う。「 コロニーから出るには、全員の記憶を思い出させる必要がある。君のように強い人は、なんとか持ち堪えられてるけど全員が全員そうではない。傷つけ合ったり罵りあったり、ひょっとしたら誰かが死ぬかもしれない。コロニーは1人でも欠けてしまったら、ここではもう誰も暮らすことができなくなってしまう。全ては無になってしまう 」とコウタは言う。「 大丈夫よ。あなたは私の味方だし、ガンマンだって側にいてくれる 」とマユミは言う。

小説『 コロニー 』4

「 僕は優しくなんてないよ 」とコウタは言う。「 私には優しく感じるけど 」とマユミは笑いながら言う。「 優しくさせてるのは君なんだ。世の中には優しい人間なんていない。相手が優しい気持ちにさせてるんだ 」とコウタは言う。「 哲学者みたい 」とマユミは感心しながら言う。コウタはコロニーで暮らす人々の相談役になっていた。日々の悩みを彼に打ち明けることで人々は涙を流し感謝し、あるいは笑い転げて何時間も彼と話しをした。彼は人々の話を注意深く聴いていた。「 聞く 」より「 聴く 」と言う言葉が相応しく、その話から想像し本人が触れた感情に思いを馳せ、彼自身の心に捉えることができた。説得するようなことはなく、納得するまで人々の話に耳を傾けた。彼の周りには常に人がいた。そして彼は知っていた。多くの悩みは既に答えが出ていて、それを誰かに肯定して欲しいだけなのだと。それで人々が楽しく暮らしていけるなら本望だと。

「 時々、想うけど監視されてる気がするの 」と小声でマユミは言う。「 映画のトゥルーマンショーみたいに? 」とマユミに習って小声でコウタも言う。「 産まれた瞬間から30年間を24時間、監視される気分ってどんな感じかしら 」とマユミは言う。「 今が平和に暮らせすぎてるから? 」とコウタは言う。「 そう、今日だってあなたに会う様に仕組まれたんじゃないかって。考えすぎ? 」コウタは吹き出し「 考えすぎだよ。それは 」と笑う。ところで、思い出した?とコウタは言う。マユミは少しだけ頷く。

マユミは地上で暮らしていた時、児童相談所で働いていた。そこでは虐待やいじめについて相談を受け、必要と感じた場合は家まで行き子どもを保護した。保護された子ども達は身体中に痣があった。虐待した親は言った。「 顔を殴ると面倒になるから 」と。虐待をする親のどれもが「 これは家の躾 」と怒鳴った。「 あんたに何がわかる?あんた結婚してんの?子どもがいないくせに解ったフリすんなよ 」マユミも幼い頃に虐待を受けたことがあった。初めは自分がパパとママの言うことを聞かないから、殴られていると思っていた。良い子でない自分が悪いのだと。ある時、学校の身体測定で服を脱いだ時に友達が私の身体を見て泣き出した。それに驚いた保健の先生がすぐに私に服を着せ病院に連れて行った。それ以降、マユミは両親に会っていない。虐待をする親達を許してはいけない。子ども達もそれが躾なのだと勘違いしてはいけない。自分の親に愛されるべきなのだ。抱き締め頭を撫で真っ直ぐ信じてあげるべきなのだ。自分の体験から選んだ仕事だった。

マユミが相談を受けていた子どもの1人にユリちゃんがいた。元々、近所の通報で知らされた相談だった。インターホンを鳴らすとチェーンを付けたままドアが開き、怪訝そうな男が肌着と下着のまま煙草を吸いながら「 なんですか? 」と言った。マユミは事情を説明したが「 あぁ、それはあいつが俺の言うこと聞かないからさ。躾だよ。早いうちに大人の厳しさを教えてあげてんの 」と男は言い子どもを指で指した。部屋は薄暗く子どもは下を向いて表情まで読み取れないが肩が震えていた。「 近所の方が警察にも連絡しているんですよ。事情だけ彼女に聞きたいので相談所に連れて行っていいですか? 」マユミはとっさに嘘をついた。虐待をしている親は嘘をついている。自分がトラブルに巻き込まれたとしても子ども達をこれ以上哀しませてはいけない。

「 その日は、相談所に連れて行けたんだね? 」とコウタは言う。マユミは首を横に振り「 私は自分の家に連れて行ったわ 」コウタは少し驚いたが「 それはユリちゃんだけじゃないね? 」とコウタは言う。「 もう相談所だけじゃ、子ども達を救いきれないの。私は二階建ての借家を借りて子ども達と暮らしていたの。私と同じように幼い頃、虐待を受けて大人になった人達にも協力してもらってたわ 」とマユミは言う。それは誘拐ーーコウタの言葉を無視して「 死んでしまう子どもがいるのよ。親の暴力で。法律だろうが神様だろうが関係ないわ 」とマユミは言う。「 見つからなかったの? 」とコウタは言う。「 見つかりようがないの 」とマユミは言う。「 なんでだろう? 」「 虐待していた親達を私が殺していたから 」とマユミは言う。


小説『 コロニー 』3

妻とは友人の結婚式で出会った。彼女は派手すぎない紺色のワンピースを着てベージュのパンプスを履いていた。アクセサリーは何も身に付けていなかった。ふらっと立ち寄った場所が、結婚式だったの、と言うように気負いもなく、暑化粧をしている他の女性達より私は好感が持てた。それに本人はそんなこと全く気にしていないような感じだった。結婚した後、そのことについて聞いてみたら「 アクセサリーを選んでるうちに気付いたの。全部、今までの彼氏に買ってもらったものばかりだって。それを身に付けて結婚式に行くなんて、とっても寂しいと思わない? 」と妻は言った。「 いつそれに気付いたの? 」「 式の当日。だからアクセサリーは付けなかったの。でも、どうしてそんなどうでもいいこと覚えてるわけ? 」と妻は呆れながら言った。

その結婚式で事件が起きた。新婦が新郎に手紙を読んでる時だった。突然、ローリング・ストーンズの『 黒くぬれ! 』が流れた。式場の扉が開き、スポットライトを浴びた女性が、奇声を上げながら新婦に近付き、ウイスキーのボトルを振り回していた。新郎は新婦を庇うことができずその場で腰を抜かしていた。新婦は後頭部にボトルを叩きつけられて血を流していた。呆気にとられている中、新婦をボトルで叩きつけた女性はそのまま扉から逃げ去って行った。私たちは何かの余興なのだと思っていたが、新婦の倒れ込んだ姿を見てことの重要さに気付いたのは『 黒くぬれ! 』が終わってからしばらく経った後だった。その後、式場は悲鳴に包まれた。

警察の事情聴取を終わった後、私はネクタイを外して駅のホームに電車が来るまでぼんやり過ごしていた。上手く乗るまで2本の電車を見送っていた。電車のシートに座っていると彼女が
私の隣に座って「 貴重な経験をしましたね。結婚式は嫌と言う程参加してるけど、こんなのはじめて 」と彼女は言った。互いに警察に何を聴かれたか、その時はどんな対応をしたか、電車の中で話し合った。式場では会釈する程度だったが、当事者同士の秘密めいた体験が、私と彼女の会話を不謹慎と知りながら弾ませていった。それも手伝って私たちは居酒屋で呑みなおした後、そのまま彼女の家に行き彼女と寝た。その時、授かった生命が啓太だった。

彼女は保育士をしていた。「 子ども達は可愛いくて大好きだけど、どうしても親が好きになれないのよ 」と嘆いていた。「 モンスターペアレンツ? 」と私は返した。彼女は首を横に振り「 その言葉で片付けるには現場はもっと切実なの 」と彼女は言った。子どもを授かったことをきっかけに私は彼女と結婚することに決めた。両方の両親には、あまりいい返事はもらえなかったが結婚しない理由も見当たらなかった。彼女のつわりが丁度酷くなる時期に重なり、私の仕事も忙しくなり家に帰るのは、いつも日付けが変わってからだった。「 今日も接待? 」と彼女はトイレを出た後に口を拭いながら言った。側にいてほしい時に、いつもあなたはいてくれない、と涙目で私を睨んでいた。当時、私は妻にとって『 素敵な旦那 』と遥かかけ離れてる存在だった。


小説『 コロニー 』2

「 地上の暮らしで覚えているのは、母親と参拝する神社の横にあった藤棚だけなんだ。それだけは鮮明に覚えている。藤棚の下で上を見上げると空の色と混ざり合う。どこか遠い国に迷いこんだ錯覚に襲われる。気づくと母親が俺の手を握っている。なぁ、春がこないって寂しいよな 」とハヤトは言う。

私はベッドの上で眠っている間、心の中に街を創った。それは地下にあり人々はコロニーと呼んでいた。コロニーでは134人が暮らしていた。後になって何故134人なのか考えてみたが、おそらく私が記憶の中に留めていれる人数が134人、あるいはその134人と何処かで触れ合ったことがあったんだろうと考えに落ち着いた。人工の太陽を創り、畑を用意し、動物と一緒に生活した。四季はなく作物は限られたが人々は生きていく上では困らなかった。車や電車などの移動手段は存在しなかった。2時間もあればコロニーにいる人々に全員に会うことができたし、仕事という観念がなく人々は働くことはなかった。最も大切にしたのは娯楽だった。映画、小説、音楽を私が記憶の中にあるもの全て、人々は観たり読んだり聴くことできた。人々がそれらに触れてる時、私は彼らに生かされているのだと強く思った。泣いたり、笑ったり、怒ったりする感情を私の中に失わずいられたのも、彼らのおかげなのだと。彼らが呼吸してるのと同時に、私も呼吸をしていた。こうして彼らと繋がり続けることで、私は私で在り続けることができた。

「 その神社の近くには何かあったんじゃない? 」とマユミは言う。「 どうして? 」とハヤトは言う。

「 ハヤトが参拝だけの目的にその神社に行くとは思えないの。ほら、何かのついでにお母さんと一緒に行ってたんじゃないかしら 」ハヤトは腕組みをして、う〜んと唸り、やがて「 駄目だ。全然思い出せないな。いつもの俺ならパッと出せるんだけどな。映画のスラムドッグミリオネアみたいにさ 」とハヤトは言う。

「 きっと価値はあるわよ。思い出すだけの 」とハヤトの背中をぽんっと叩き笑う。価値ねぇとハヤトは言う。「 なぁ、今から一緒に映画観ない? 」「 ごめん、この後用事があるの 」「 おいおい、俺と映画を観る以上に、その用事は価値があるのかよ 」と肩を落としながらハヤトは言う。

「 その使い方は間違っているわ。価値は比べる為に存在しないの。ただ知る為にあるの。それで優越感に浸るのはどうかと思うな 」とマユミは言う。「 それはどうも価値のある言葉、ありがとうございます 」とハヤトは言う。

小説『 コロニー 』1


「 ごめんね。私たちは希望の他には何も持ち合わせていないの 」と真由美は言った。

人間は人間を救えない。
痛みを分かち合ったり、欠点を補ったりすることはできたとしても、人間が人間を救うことなどできない。その事実を分かっていても、私は真由美の言葉に何度も励まされ、今日まで生きてこられた。それと同時に私はこの言葉に苦しめられている。

今から2年前、病院のベッドの上で私は目を覚ました。私はその時のことをはっきり覚えている。息子が仮面ライダーの歌を歌っていた。息子は1番しか知らない筈だったが、2番も覚えていた。それが嬉しかったのか妻が「 啓太凄いね! 」と喜んでいた。私の母親がその歌に手拍子を合わせてはしゃいでいた。気付いたら私も手拍子をしていた。目を開けた時、妻はベッドに捕まり泣いていた。母親は「 先生、先生、先生、」と何度も叫び、啓太は「 仮面ライダーがお父さんを助けてくれたぁ!さすがヒーローだぁ 」と私に抱きついてきた。

私は1年5ヶ月の間ずっと眠り続けていた。「 遷延性意識障害 」と医師が教えてくれた。軽井沢のスキー場に友人の隼人と向かう途中、私たちの車に気付かず車線変更した深夜バスは、私たちの車をガードレールに押し潰しながら横転した。深夜バスの運転手は決められたルートを走らず通り慣れていない道で運転していた。「 ガソリン代が節約できるから 」とその運転手は言った。その会社を調べると無理なシフトを組み、時には長距離を運転したことのない人間を一日限りで雇っていた。深夜バスに乗っていた13人の方が亡くなり、私と隼人は一命をとりとめたが2人とも重体だった。「 隼人は何号室にいますか? 」と私は訊ねた。医師は「 松嶋さんが眠っている間、違う病院に移りました 」と言った。


「 地上の暮らしで覚えているのは、母親と参拝する神社の横にあった藤棚だけなんだ。それだけは鮮明に覚えている。藤棚の下で上を見上げると空の色と混ざり合う。どこか遠い国に迷いこんだ錯覚に襲われる。気づくと母親が俺の手を握っている。なぁ、春がこないって寂しいよな 」とハヤトは言う。